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有名な例としては、1845年のアルバート・ティレルの事件があげられます。
彼は夢遊病中に愛人のマリア・ビックフォードを殺害し、その後建物に火を放ったとされています。彼は裁判で夢遊病の防衛を主張し、殺人と放火の罪は免れましたが、不貞行為で有罪となりました。
また、1987年にはカナダのケネス・パークスが、夢遊病状態で義理の母親を殺害し、義理の父親を攻撃した事件があります。
彼は当時、経済的なストレスや不眠症に悩まされており、夢遊病歴もありました。
この事件は夢遊病の科学的理解を深めるきっかけとなりました。
近年の研究では夢遊病の内容は危機感や脅威に関するものが多いと報告されており、しばしば重大な犯罪につながることがあります。
しかし夢遊病は決して珍しい症状ではありません。
「目覚めると枕を叩いていた」「寝たまま誰かと会話してしまっていた」など、軽い症状を含めると成人の 66~94% が少なくとも 1 つの経験を報告できたことが明らかになっています。
また近年の研究では夢遊病の形態はこれまで考えられていたよりも多様であることが示唆されています。
研究者の1人であるシクラリ氏は「ノンレム睡眠中に夢遊病を経験する人は、夢のような経験をしたと報告することがある一方で、完全に意識を失っているように見えることもあります(つまり、自動操縦中です)」と述べています。
そこで今回ローザンヌ大学の研究者たちは、夢遊病について本格的に調べることにしました。
意識がない状態での夢遊病の仕組みを調べることができれば、人間の意識についても理解が進む可能性があるからです。
調査にあたっては夢遊病の患者たちに協力してもらい、夢遊病を経験している時の状態が調べられました。
すると夢遊病における意識と記憶の程度が、人によってもケースによっても大きく異なることがわかりました。
患者からの報告によると、夢遊病は無意識の状態から、妄想的な思考、多感覚幻覚、そして環境との意志的な相互作用を伴う夢のようなシナリオまでさまざまでした。
また81%で何らかの意識的な体験が報告され、そのうち56%は体験の内容をはっきりと思い出せるものでした。一方、19%では完全に無意識の状態であったと報告されました。
全体的にみて、複雑で特徴的な行動は、より長い夢遊病中に現れ、しばしば意識的な体験と関連していました。
夢遊病には外部からの刺激なしに進行する自発的なものと、外部からの刺激によって進行する誘発的なものがあることが知られています。
これまでの研究では、自発的な夢遊病には繰り返しの覚醒に似た反応がみられることが報告されています。
今回の研究では自発的な夢遊病と誘発された夢遊病の脳波や行動パターン、精神状態を分析されており、両者が一致していることが示されました。
この結果は、自発的なものであろうと誘発されたものであろうと、ノンレム睡眠時の夢遊病が繰り返しの覚醒をベースに進行していくことを示しています。
近年の研究では夢をみず意識がないとされてきたノンレム睡眠時にも脳が部分的に覚醒を起こすことが知られており、これらの覚醒がノンレム睡眠時の夢遊病の原動力となっている可能性があります。
また夢遊病の記憶がある場合とない場合を比較すると、記憶があるケースでは視覚や空間認識に関連する脳の領域が部分的に覚醒し活性化しており、自らの意識があることを感じていました。
一方で記憶がない場合は意識を伴わず夢遊病が進行している場合がありました。
金縛りの場合、脳のほとんどが眠っている状態で、意識の一部が覚醒することが知られています。
このため、金縛りの最中は目が覚めているにもかかわらず体が動かず、現実の視界の中で夢のような体験をすることがあります。
つまり夢と現実の交錯を意識が認識している状態です。
ただ金縛りの場合、筋肉が麻痺している状態にあるため夢遊病のように体を動かすことはできません。
一方、ノンレム睡眠中の夢遊病の場合は、脳の一部が眠っている(無意識)状態でも、他の部分が覚醒し、時には目を開いた状態で他人と会話したり、車を運転するなどの複雑な行動を取ることができます。
これは睡眠中に脳の一部が活性化されることで起こり、行動は自動的に実行されますが、本人の意識的な制御は欠如していることが多いです。
このような現象は、意識が眠っている状態でも人間がかなり複雑な行動を取ることができる可能性を示唆しています。
また研究では記憶の残る仕組みも調べられており「意識があると記憶がある」「意識がなければ記憶がない」といった簡単な問題でないことも示されています。
研究者たちが脳の活動を調べたところ、右海馬や前頭頭頂領域が活性化していないと、夢の内容が記憶に残りにくいことがわかりました。
右海馬はエピソード記憶のエンコード、つまり出来事を覚えるための重要な役割を果たし、これが活性化されていないと夢の記憶が残りにくくなります。
また、前頭頭頂領域は作業記憶に関わる部分で、ここが活性化していないと、夢の内容を思い出すのが難しくなります。
つまり夢遊病では、意識、夢、記憶を司る脳領域のどれかの活動が欠損している状態で体が動いてしまっているのです。
今回の研究では、夢がどのように起こるかについても洞察を得ることに成功しています。
研究者たちは「患者の脳が夢の状態に近いときに脳が活性化されると、夢の記憶がそのタイミングで「生成される」ものの、夢の状態にない脳が活性化されても記憶が生成されない」と述べています。
そのため脳活動がほとんど不活性化しているときの夢遊病は意識も記憶も夢もなく、比較的単純な行動となると考えられます。
研究者たちは夢遊病の仕組みを詳しく理解することができれば、夢遊病の治療法の開発につながるだろうと述べています。
参考文献
Parasomnia: What happens inside a sleepwalker’s brain?
https://scitechdaily.com/inside-a-sleepwalkers-brain-the-truth-about-parasomnia/
元論文
Shared EEG correlates between non-REM parasomnia experiences and dreams
https://doi.org/10.1038/s41467-024-48337-7
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部