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米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われた研究により、量子爆弾検査と呼ばれる何も触れずに物体の存在を検知する技術が、液滴サイズの大きなサイズで再現できたと発表しました。
通常の非破壊検査ではX線や超音波、ミューオンなどを発射しその反射を測定することで、内部の物体のアルナシを確かめます。
ですが量子爆弾検査でいう「何も触れない」という表現は、光も音も素粒子もこの世に存在するあらゆるものに一切触れないことを意味しています。
今回はこの究極の物体検知方法が液滴サイズにおいても機能していることが確認されました。
さらに研究では液滴サイズの挙動を分析することで、量子世界の粒子と波という概念の本質を探れる可能性についても検討されています。
しかしそもそも、なぜ「何も触れない」のに、物体の検知が可能なのでしょうか?
研究内容の詳細は『Physical Review A』にて掲載されています。
目次
まずは少し深い話です。
日常の世界にある物体はおおむね見た目通りであり、ボールはボールとして存在し、投げた時も1本の軌跡だけを残します。
しかしボールのサイズをどんどん小さくしていき量子の世界に入ると、奇妙なことが起こり始めます。
量子レベルまで小さくなってしまった物体は「粒子と波」という2つの性質を同時に持つようになり、1つの物体が壁に開いた2つの穴を同時にすり抜けるといった、奇妙な現象が起こり始めます。
しかし「大きな日常世界」と「小さな量子世界」の線引きは曖昧であり、このラインより大きければ普通の挙動、このライン小さければ量子的挙動という決まりはありません。
また量子的振る舞いが起こる最大サイズを調べる研究では、肉眼で見えるサイズの物体にも量子的挙動がみられることが示されました。
また量子的挙動の限界サイズを探る研究は、小さな量子世界の法則が大きな日常世界の根底にあることを示しています。
では逆はどうなのでしょうか?
つまり、大きな日常世界で見られる物理法則は、まだ知られていない小さな量子世界の法則発見に役立つことはあるのでしょうか?
そこでMITの研究者たちは「量子爆弾検査」と呼ばれる仕組みを利用することにしました。
量子爆弾検査は二重スリット実験といくつか似た性質を持っていますが、2本の経路のうち一方には光に反応して爆発する爆弾が置かれています。
しかし光の持つ粒子と波の性質のお陰で、物理的に接触しなくても爆弾の存在を検知することが可能になります。
量子爆弾検査では発射された光子が2本に分割され、統合されたときの模様が調べられます。
二重スリット実験の場合には最終的に検知場所では綺麗な「しま模様」の干渉パターンが得られます。
しかし量子爆弾検査で爆弾が通路1にある場合、検知場所で得られるパターンが変化してしまいます。
今回の実験では少し細工を行い、爆弾がある場合とない場合の区別をつけやすくしました。
具体的には、爆弾がなかった場合には、検出器D1にのみ検出されるようにします。
一方、爆弾がある場合には50%の確率で光子が爆弾に当たり爆発を起こします。
しかし運よくその事態を避けられた場合、50%の確率で検出器D1、50%の確率で検出器D2が反応するように設定しました。
つまり検出器2で光子が検出された場合、爆弾があると判断できます。
しかしそうなると奇妙なことが起こります。
通路2を通った光子が検出器D2で検出された場合、光は爆弾と一切なにも相互作用していません。
にもかかわらず、通路1に置いてあった爆弾を検知できたことになるのです。
実験のために発射できる光子が1個だけで、検出も一発勝負だったとすると、その奇妙さが際立つでしょう。
たった1回光子を発射して、それが通路2を通って検出器D2に検出されただけで、光が通らなかったはずの通路1に爆弾があったことが確定するからです。
古典的な物理学の常識では、このようなことはあり得ません。
古典物理の世界では何かが存在すること、あるいは存在しないことを確定させるには光や音などの媒体や計りのような力学的な力を使った観測をすることが必須です。
しかし量子爆弾検査では量子世界の不思議な挙動を利用することで、爆弾に対して文字通り「何も触れず」にその存在を検知できるのです。
多世界解釈的に言えば、爆弾がある場合にはまず、経路1を光子が通って爆発した世界線と経路2を光子が通って爆発しなかった世界線に分岐し、次いで経路2を光子が通った世界線がさらに検出器D1で光子が検出された世界線と検出器D2で光子が検出された世界線に分岐したことになります。
そのため「爆弾が存在する場合のみ通路2を通った光子が検出器2で検知された世界線が存在できる」という解釈が成り立ちます。
ただこの場合も「何も触れず」に爆弾の存在を検知したことになり、古典物理の常識と乖離した結果が起きた世界線となってしまいます。
そこで研究者たちは新たなの解釈として、1927年に物理学者ド・ブロイによって考案されたパイロット波理論に着目しました。
パイロット波理論では、粒子の量子的挙動は2つの経路を同時に通るような確率的な波ではなく、粒子を空中に導く物理的な「パイロット波」によって決定されるとされています。
量子爆弾検査に当てはめた場合、光子は2つの経路のうち1つしか通れないものの、パイロット波は2つに分割されると考えます。
そしてパイロット波の1つは粒子を経路に沿って運びまずが、もう一方のパイロット波はいわゆる「空波」であり、粒子を伴わずもう一方の経路を進むと考えます。
つまり古典的な挙動をする粒子と量子的な挙動をする波(パイロット波)を個々に考えるわけです。
こうすることで量子系には常に明白な粒子が存在しているとし、量子的な奇妙な結果は主にパイロット波が運ぶと考えます。
またパイロット波は宇宙の裏に潜む「隠れ変数」のように機能するとも考えられています。
この解釈はコペンハーゲン解釈や多世界解釈とも違う第3の解釈です。
一見すると奇妙に思えますが、量子爆弾検査においては、この解釈が妥当性を帯びています。
パイロット波理論では、光は粒子としての光子と波としてのパイロト波に別れており、爆弾を爆発させられるのは粒子としての光子だけであり、波としてのパイロット波は爆弾によって波形が乱されることはあっても、爆発は起こさないとされます。
パイロット波理論による解釈を使うと「何も触れず」爆弾を検知するという異常に思えるものから、粒子を含まないパイロット波(空波)がちゃんと爆弾と相互作用していることになります。
パイロット波理論に基づいた解釈は、量子力学の主流となっているコペンハーゲン解釈や熱心なファンが多い多世界解釈と違いあまり人気がありませんでした。
しかし2005年に行われた研究により、ド・ブロイの量子波が液滴を使った大きな世界の物体で再現できることが判明し、それら全てがパイロット波理論と一致する結果を示しました。
この実験では上下にわずかに振動する液体(シリコン液)のケースが容易されます。
この振動はあまりに弱いため、液体に波を起こすことはできません。
次に液体に対してミリメートルサイズの液滴(同じシリコン液)を垂らすと、表面張力によって液滴が液体表面で跳ね返りを起こして振動し、液体の僅かな振動と共振を起こします。
この共振によって発生した波は、ド・ブロイの量子波と一致した挙動をみせるだけでなく液滴を水平方向に推進する力があります。
後の研究ではパイロット波実験が改良され、二重スリット実験をシリコン液滴で再現することに成功しました。
上の動画では液滴は2つあるどちらかの穴しか通らないものの、波は両方を通過している様子が示されています。
また右側を通過した波の影響で、通貨直後の液滴が一瞬左右にフラフラするようすも見て取れます。
さらに後に行われた研究では、量子トンネリングのような現象も起こせることが判明しました。
そこで今回MITの研究者たちは量子爆弾検査を光子の代りに液滴を使った場合にも、パイロット波理論通りに動くのかを検証することにしました。
調査にあたっては、同様のシリコン液とシリコン液滴が用意され、上の図のように2本の通路と爆弾が設置されました。
もし量子爆弾検査が液滴でも機能する場合、爆弾に接触せずに通り抜けた液滴が爆弾の存在を教えてくれるはずです。
まず爆弾(障害物)が無い状態で液滴の経路を調べると、上の図のように左側に偏った経路をとることがわかりました。
次に爆弾(障害物)がある状態で液滴の経路を調べると、爆弾と物理的に接触しなかった液滴が右側に逸れることが判明します。
(※経路の形的に最終段階で左側に行くように誘導されているにもかかわらず右側に移動します)
つまり右側に逸れる液滴の存在を確認できた場合、爆弾が存在することを意味します。
得られた結果は光子を使った量子爆発検査を再現するものとなります。
液滴は爆弾と物理的に接触していないにもかかわらず、液滴の周囲に展開された波がパイロット波や空波のように爆弾と相互作用して、液滴の動きを左向きから右向きに変えていたのです。
これらの結果から研究者たちは、パイロット波理論が量子の奇妙な世界を解釈する上で無視できないものになると述べています。
物理学の歴史は当たり前だと思っている解釈が変更を繰り返すことで進歩してきました。
液滴の実験で得られたパイロット波に類似するものが量子世界で担う役割を解明することができれば、宇宙法則の理解がまた一歩前進するでしょう。
参考文献
MIT researchers observe a hallmark quantum behavior in bouncing droplets
https://news.mit.edu/2023/mit-researchers-observe-hallmark-quantum-behavior-1212
元論文
Misinference of interaction-free measurement from a classical system
https://doi.org/10.1103/PhysRevA.108.L060201
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部