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ヒル類にはヒトを含む大型哺乳類の血を吸う種がいます(日本に分布するヤマビルなど)。
彼らの吸血システムは私たちが血を吸われていることに気づかないほど巧みなものです。
まず、ヒルは円形状の吸盤で皮膚に吸い付いた後、中央にある小さな3枚歯でY字型の傷を付けます。
そして血を放出させるために吸盤内で「陰圧」を作ります。
陰圧とは外よりも気圧が低い状態のこと。気圧はバランスを取ろうとするので、吸盤内の圧力がゆっくりと戻る中で傷口から血が吸い上げられるのです。
その吸血量はヒルの体重の10〜20倍にも達します。
さらに吸血中は血液が固まるのを防ぐ「ヒルジン」という物質を分泌することでスムーズに血を吸い上げます。
ヒルが離れた後も出血が止まりにくいのはこのためです。
血を吸われるのは不快ではありますが、その反面、蚊のように針を体内に直接刺すわけではないので、吸血中の痛みがないですし、ヒルが何らかの病気を媒介することもありません。
ちなみにヒルに吸い付かれた場合は無理に引っ張るのではなく、塩や塩水、虫除けスプレーをかけるとポロッと簡単に剥がれ落ちます。
その後は水でヒルジンを洗い流してから絆創膏を貼ればOKです。
チームはこの吸血システムを応用して、次の「痛くない採血器」を開発しました。
チームが開発した約2.5センチ四方のカップ型の採血器はヒルとよく似た方法で機能します。
使い方も非常に簡単です。
まず、採血器を上腕か背中の平らな皮膚に貼り付けて、カップの上部を指で押し込みます。
するとカップの内側についている長さ2ミリの微細なマイクロニードルが皮膚の最上層に当たり、傷口を作ります。
このとき、注射針を刺すときのような痛みはありません。
続いて、カップを押し込むことでヒルと同じ「陰圧」が発生し、圧縮されたカップが元の形に戻るにつれて、傷口から数分かけて血を吸い上げます。
注射針を使ったときほどの血液量は採取できませんが、正確な検査をするには十分な量が確保できます。
通常、指先や耳たぶから採取される1滴の血液量は約20マイクロリットル(μL)ですが、ブタを対象にこの採血器を使ったところ、約195マイクロリットルの血液を円滑に採取することができました。
また採取した血液を取り出すには、専用のスポイト型アダプターを取り付けます。
これを使えば、血液検査用の測定器に直接血液を落とすことも可能です。
採血した後の傷口も24〜72時間以内にはほとんど目立たない状態にまで治っていました。
この採血器は皮膚に貼って押すだけなので、医療の経験や知識がない一般人でも簡単に利用できます。
加えて、製造コストも安価で大量生産が可能なので、熱帯病のマラリアが多く見られるアフリカなどの発展途上国での応用に適しているとチームは考えています。
また現時点で、この採血器はシリコン製のカップ部分とスチール製のマイクロニードルでできていますが、将来的には完全に生分解性の材料に変えて、環境にやさしいバージョンを開発する予定とのことです。
あとは1回で採取できる血液量を増やすことができれば、注射針の恐怖とも永遠にオサラバできるかもしれません。
参考文献
Blood diagnostics modelled on leeches
https://ethz.ch/en/news-und-veranstaltungen/eth-news/news/2024/05/blood-diagnostics-modelled-on-leeches.html
Leech-inspired device may make for kinder, gentler blood sampling
https://newatlas.com/medical/leech-inspired-such-cup-blood-sampling/
元論文
A Bioinspired and Cost-Effective Device for Minimally Invasive Blood Sampling
https://doi.org/10.1002/advs.202308809
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。