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アニサキス(学名:Anisakis)とは、アニサキス属に属する線虫の総称です。
このアニサキスは、鯖や鮭などの魚介類に寄生することでよく知られており、スーパーで売られている切り身だけでなく、魚介類の缶詰の中からも見つかることがあります。
私たち人間が生きたアニサキスを食べてしまうと、激しい腹痛や吐き気を伴う「アニサキス症」を発症してしまいます。
特に日本では、刺身など生食文化があることから、感染リスクは高いと言えます。
しかし缶詰の場合は安心できます。
製造過程で加熱殺菌が施されているため、缶詰の中のアニサキスは死んでおり、食べたところで無害なのです。
そして缶詰は「保存食」として扱われるため、他の食品と比べて、昔のものが捨てられずに残っていることが多いようです。
賞味期限を越えて、何年も、何十年も放置されるケースもあることでしょう。
今回、マスティック氏ら研究チームは、それら古い魚の缶詰に斬新な役割を見出しました。
彼女たちは、古い鮭缶をアニサキスのアーカイブとして活用したのです。
最初に研究チームは、シアトルを拠点とする「水産物協会(Seafood Products Association)」から、品質管理のために毎年保管していた鮭缶を大量に入手しました。
それら要らなくなった178個の鮭缶には、42年間(1979~2021年)に渡ってアラスカ湾とブリストル湾で獲られた4種類の鮭が入っていました。
鮭の種類は、サケ(通称「シロザケ」、学名:Oncorhynchus keta)、ギンザケ(学名:Oncorhynchus kisutch)、カラフトマス(学名:Oncorhynchus gorbuscha)、ベニザケ(学名:Oncorhynchus nerka)です。
そして、それらの鮭缶を開き、中の切り身を調べると寄生していたアニサキスも一緒に保存されて残っていたのです。
つまり、42年間分の鮭缶にはそれぞれの年のアニサキスが含まれており、缶詰がアニサキスのアーカイブとして機能しているのです。
では、それらアニサキスのアーカイブから、どんなことが分かるのでしょうか。
研究チームは、鮭缶に含まれるアニサキスの数を調べました。
その結果、1979年から2021年にかけて、シロザケとカラフトマスに寄生するアニサキスの数が増加しているのを発見しました。
一方で、ギンザケとベニザケでは、アニサキスの数に変化は見られませんでした。
研究チームによると、鮭に寄生するアニサキスの数の増加は、食物連鎖の変化を示すものだという。
どうしてそう言えるのでしょうか?
マスティック氏によると、「アニサキスは複雑な生活環を持ち、多くの種類の宿主を必要とする」からです。
まず、海中に放出されたアニサキスの卵は孵化したのち、オキアミなどの小さな甲殻類に食べられ、食物連鎖に入ります。
最初の宿主であるオキアミは小魚に食べられ、アニサキスも小魚に寄生することになります。
そして小魚は鮭などの大型の魚に食べられ、アニサキスはそれらの内蔵の中でさらに成長していきます。
この連鎖は、最終宿主である海洋哺乳類(イルカ、クジラ、アザラシ)まで続き、成虫となったアニサキスは宿主の腸管に生息。アニサキスの卵は排泄物と共に海中に放出され、再び新しいサイクルが始まります。
アニサキスがこのような生活環を持つからこそ、研究チームは「海洋哺乳類などの宿主がいなければ、アニサキスは生活環を完了できず、その数が減少する」と指摘しています。
逆を考えると、食物連鎖内のアニサキスが増加しているということは、最終宿主である海洋哺乳類も増加していると推察できるわけです。
研究チームによると、1979年から2021年にかけて海洋哺乳類が増加した理由として考えられるのは、気温上昇、1972年に全面改正された「水質浄化法」、同じく1972年に制定された「海洋哺乳類保護法」などです。
ちなみに、鮭4種のうち、2種類だけでアニサキスが増え、残り2種では変化がなかった理由を推察するのは難しいようです。
なぜなら、アニサキスは数十種存在しており、種類によって寄生する宿主も異なるからです。
鮭缶から発見されたアニサキスは、製造工程で劣化しており、種を識別することが難しく、この点を詳しく調査するのは不可能です。
それでも、「古い鮭缶に含まれるアニサキスの数から、食物連鎖や海洋哺乳類の変化を知ることができる」というアイデアは、非常に興味深いものです。
研究チームは、同様のアプローチが、イワシなど缶詰にされる他の魚の寄生虫の数を調べるのにも役立つと考えています。
なお、再度述べますが缶詰の寄生虫は製造工程で死んでいるため、食べても安全です。安心して缶詰を楽しんでください。
もし、鯖缶や鮭缶の中にアニサキスを発見したなら、「気持ち悪い」かもしれませんが、同時に「食物連鎖が正しく働いているのだな」と海の生態系に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
参考文献
What four decades of canned salmon reveal about marine food webs
https://www.washington.edu/news/2024/04/04/canned-salmon/
Expired Cans of Salmon From Decades Ago Reveal a Big Surprise
https://www.sciencealert.com/expired-cans-of-salmon-from-decades-ago-reveal-a-big-surprise
元論文
Opening a can of worms: Archived canned fish fillets reveal 40 years of change in parasite burden for four Alaskan salmon species
https://doi.org/10.1002/ece3.11043
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。