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米国のハーバード大学で行われた研究によって、意思決定が行われる際に、脳内の神経ネットワークが使用する「基礎的なルール」が判明しました。
研究では特にT字路での二者択一の状況という、最も単純化された意思決定が調べられており、根幹となる仕組みに迫っています。
これまで意思決定の起こる仕組みについて多くの理論が提唱されてきましたが、皮質において実際に確認できたのは今回が初めてとなります。
どんなニューロンが接続され、どのように発火することが「意思決定」となるのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年2月21日に『Nature』にて掲載されました。
目次
私たちの脳は生きている限り、あらゆる場面で「意思決定」を行い続けています。
T字路で左右のどちらに曲がるか、今日の夕食をパスタにするかハンバーグにするか、好きな人に気持ちを打ち明けるか、隠したままにするか…
私たちの人生において、1日たりとも意思決定が下されない日は存在しません。
これまで積み重ねられてきた研究によって、意思決定の中枢が帯状皮質と呼ばれる大脳皮質の裏側がかかわっていることが徐々にわかってきました。
2015年に日本の理化学研究所から発表された研究でも、この領域が将棋の棋士たちにおいて、攻撃か防御の選択を直感的に下す戦略決定の中枢であることが示されています。
また近年の研究では帯状皮質の後ろ半分にあたる、後帯状皮質(PCC)と呼ばれる領域が意思決定で大きな役割を果たしていることが明らかになってきました。
また後帯状皮質で行われる意思決定の仕組みは、単なる神経回路の「オン・オフ」といった単純なものではなく、多数のニューロンが含まれる複雑な神経ネットワークの働きによって行われることも判明しました。
ただ、たとえば左右の選択を行うときなど、これら複雑な神経ネットワークを構成するニューロンが、どのように繋がっており、どのように発火したら「意思」の「決定」となるかは謎でした。
(※理論研究などでは、意思決定の仕組を予測するいくつもの仮説が提案されてきましたが、実際に確かめられてはいませんでした)
そこで今回、ハーバード大学の研究者たちは、T字路を進むマウスが意思決定をするときの脳活動を詳細に調べ、神経ネットワークの動きを調べることにしました。
つまり、意思決定の「基礎的ルール」を探索するわけです。
意思決定の「基礎的ルール」はどんなものなのか?
先に述べたように、この基礎的ルールというものが、ネットワーク全体の活性化や不活性化といった、単純なON・OFFの仕組みでないことがわかっています。
そのため仕組みを解明するには、マウスたちの神経ネットワークを構成する全てのニューロンと全ての接続を知る必要があります。
調査にあたってはまず、マウスの後帯状皮質に対して、強く活動するニューロンほど強く光るような仕組み「2光子カルシウムイメージング法」を導入しました。
(※2光子カルシウムイメージングでは細胞の活動の強さにともなって強く蛍光を発する、カルシウムセンサータンパク質が用いられます。この光るタンパク質の設計情報はウイルス感染によってマウスの後帯状皮質へと届けられます)
そしてマウスたちをT字路がある迷路を進ませ、進む方向の意思決定を行わせます。
正解の方向を選んだ場合には、報酬として水が与えられました。
こうすることで意思決定を担う神経ネットワークにおいて、どのニューロンとどのニューロンがどのように接続しているかを、網羅的に調べ上げることが可能になります。
(※ただこの作業は極めて地道であり、自動化された観測システムを導入したにもかかわらず、全てのニューロンと全てのシナプスを特定するには何カ月もかかりました)
次に研究者たちは、この3次元構造に意思決定を行っていたときのニューロンのリアルタイムの活動記録を組み合わせ、意思決定時に起こるネットワークの活動パターンを1ニューロンレベル、1シナプスレベルでの「見える化」を実現しました。
そうすることで得られたのが、上の動画になります。
動画の左側はT字路を進む様子をマウス視点で示しており、右側はそのときのマウスの神経ネットワーク活動を示しています。
結果、驚きの事実が判明します。
まず最初に明らかになったのは、ネットワーク内部には「他のニューロンを興奮させる興奮性ニューロン」と「他のニューロンを抑制する抑制性ニューロン」があるという点でした。
そしてマウスが右折を決めた時には、そのなかの一部の興奮性ニューロン(右折ニューロン)が発火し、同時に左折を決めた時に興奮するはずだった左折ニューロンを抑制する抑制性ニューロンを起動させました。
逆に左折を決めた時には、左折ニューロンが興奮すると同時に右折ニューロンを抑制する抑制性ニューロンが起動していました。
この結果は、意思決定を行う神経ネットワークには、それぞれの選択に対応して興奮するニューロンたち(右折ニューロンと左折ニューロン)が存在すること、また同時に、それらのニューロンたちは、選ばれなかったほうのニューロンの動きを抑制していたのです。
つまり意思決定では選んだほうの活性化と選ばなかったほうの抑制化がセットで起きていたわけです。
研究者たちは「二者択一の状況において、この基本ルールは直感的に理にかなっており、優柔不断を許さないシンプルかつ強力な仕組みとなる」と述べています。
選ばないほうを抑制することには、意思決定の安定化させ、決定の変化を防ぐのに役立っていると考えられるからです。
というのも間違いを犯すことよりも、決定を下せないことは、しばしばより大きな不利益になります。
決定さえ下せれば、少なくとも間違ったほうを特定し、正解のほうを選びなおすことができます。
また下した決定を維持できなければ、何度も分岐点に戻って来てしまい、こちらも結局正解に辿り着くことはできません。
決断を下すシステムと決断を維持するシステムの2つはセットとなり「意思決定」を実現していたとも言えるでしょう。
プログラムや機械工学の知識がある人たちならば、仕組み自体は「ありふれたもの」と思えるでしょう。
先にも述べたように、理論研究においても、似たような仕組みが繰り返し提案されてきました。
しかし実際の観測から、意思決定の仕組みが実証されたのは、今回の研究がはじめてとなります。
研究者たちは、同様の意思決定の仕組みは人間の脳にも存在する可能性が高いと述べています。
また意思決定の仕組みが実証されたことで、具体的な薬の開発もようやく始められます。
これまでの研究では、アルツハイマー病、統合失調症、依存症などの患者たちでは、正しい選択を行うことに苦労することが知られています。
(※たとえばアルコール依存症の場合、お酒を飲まないという選択をしたり、飲まないという選択を維持することも困難です。)
意思決定の仕組みを解明することができれば、決断を下すことや決断を維持することを助けてくれる薬が開発できる可能性も出てくるでしょう。
参考文献
How Does the Brain Make Decisions?
https://hms.harvard.edu/news/how-does-brain-make-decisions
元論文
Synaptic wiring motifs in posterior parietal cortex support decision-making
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07088-7
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部