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しかし世界に目を向けると、7年どころではない長期にわたり、地下生活を送るセミたちが存在しています。
特に、アメリカ東部に生息する周期ゼミと呼ばれるグループは、日本のセミと違って地下で過ごす時間が体の大きさと関係なく完全に周期性であり、その中には13年セミと17年セミと呼ばれるほぼ正確に13年間、17年間を地下で過ごし地上に出てくるグループがいます。
この13年、17年という数は素数であることが知られており、13年セミや17年セミに属するセミたちはまとめて素数セミとも呼ばれています。
素数とは1と自分自身以外では割れない数のことを示します。
割れないということは掛け算で作れない数字ということであり、九九の答えには登場しない数字(7,11,13,17、19など)が素数に当たります。
素数は非常に興味深い数字であり、その性質や意味について数学ではさまざまな研究が続けられています。
そんな素数が、自然界で暮らすセミの中に突如現れるのはなぜなのでしょうか?
調査してみると素数セミは他のセミと比べて飛行能力が低く、襲われてもほとんど逃げないことがわかっています。
そうなると簡単に捕食され絶滅してしまうように思えますが、彼らはそのリスクを意外な方法で解決しているのです。
それが彼らの持つ膨大な数のサナギが周期に合わせて一斉に成虫になり、さらに一カ所に集中して過ごすという性質です。
そうすることで、彼らは捕食者の消化能力を圧倒し、1匹1匹が捕食されるリスクを劇的に低下させるのです。
同様に一斉成虫になる戦法はカゲロウなど他の動物や、植物たちが一斉に種を作りばらまくときにもみられます。
素数セミの飛ぶ能力が低かったり、そもそも襲われても逃げないようになったのは、個体レベルでは捕食リスクが極めて低くなっているからと言えるでしょう。
また膨大な数の成虫が一斉に集まることで、オスとメスが出会える率も飛躍的に増化します。
まさに数によるごり押し生存術と言えるでしょう。
しかしなぜ素数セミたちは、ここまで大規模な時間合わせを必要としたのでしょうか?
セミが地球上に現れたのは今から2億年前と言われており、日本をはじめ世界各地にセミが生息しています。
しかし13年や17年といった長長期にわたる周期を持つのは、北米に生息する素数セミたちだけです。
実際、生涯で1度しか交尾しない動物で、素数セミほど長い周期を持つ動物は知られていません。
理由の1つには、ここ200万年の間に起きた氷河期と関連していると考えられています。
この時期の素数セミの先祖は、他のセミと同じようなサイクルを持っていました。
しかし氷河期になって木の成長が低下し、地下の素数セミたちがエサにしている木の汁の栄養価も低くなります。
特に北米では氷河が大きく進出し、厳しい環境となりました。
そのため素数セミたちが大きくなるまでに時間がかかるようになっていき、次第に長期間の地下生活に適応できるように進化します。
ですが氷河期では地上に出てもエサがほとんどなく、オスとメスが出会う前にほとんどが死んでしまいます。
そのため素数ゼミの先祖たちは、長期間の地下生活能力に続いて、一斉に成虫になる周期性を獲得しました。
ただこのときはまだ、周期は素数ではなかったと考えられています。
いったいなぜ周期は12年や18年ではなく、13年と17年になったのでしょうか?
なぜ素数セミの羽化周期は12年や18年のような普通の数ではなく、13年や17年という素数なのでしょうか?
先に素数セミの先祖たちは、長期間の地下生活能力や一斉に成虫になる仕組みを手に入れたと述べました。
しかし氷河期の環境は厳しく、ただ羽化周期を長期化させ一斉に羽化するだけでは不足でした。
大量発生するセミたちを食べるべく、捕食者もセミの周期にあわせて増えるように進化したと考えられます。
たとえば2年周期を持つセミに対しては、捕食者も2年ごとに数を増やすという戦略を取るようになっていきます。
同様に3年周期、4年周期、5年周期のセミにあわせて数を増やす捕食者が出現した場合、2,3,4,5年周期で一斉に成虫になるというセミの生存戦略は破綻してしまいます。
また捕食者が2年や3年ごとに数を増やす周期を持っていた場合、それらの倍数の周期では、いくら羽化周期を長期化しても、捕食者の増える時期と羽化のタイミングが結局は一致してしまうことになります。
つまり捕食者が増えるタイミングを外して一斉に成虫になるためには、自分自身以外で割れない数、すなわち素数周期を持つことが重要になるのです。
例えば、13年周期のセミは、2年、3年、4年、5年の周期で繁殖する捕食者との一致を避けやすくなります。
ならば素数セミにあわせて捕食者も13年周期で増えればいいのではないか?と思う人もいるでしょう。
しかし、実際には、これらの捕食者が13年周期で数を増やすことは非現実的です。
セミの寿命は長いですが、その捕食者である鳥やハチ、カマキリは十年以上の寿命を持つことは稀です。
また、素数の周期は、最小公倍数を増加させる性質を持っています。
2年周期で増える捕食者の場合、13年セミのタイミングに合うのは26年後、52年後、78年後…となりそれぞれの間には26年間も空いてしまします。
数十年に1度しか機会がない素数セミのために、2年周期や3年周期で増える機能を維持するのは、ほとんどの期間が絶望的なエサ不足(飢饉)となり絶滅のリスクを誘発するため、あまり意味がありません。
結果として「素数セミたちの羽化タイミングを狙って数を増やす」という捕食者の戦略は捨てざるを得ず、現在のように捕食者の消化能力を超えた圧倒的な状況を実現できているのです。
素数に潜む「最小公倍数を増加させる」というシンプルな仕組みが、素数セミたちの繁栄に結びついたというわけです。
ただ地上の生き物が対処できないほどの大量発生を起こすことが素数セミたちの生存戦略のため、異なる素数周期を持つ複数種の素数セミの羽化周期が重なり、一斉に地上に出現するという状況は人間にとっては頭が痛い問題となります。
異なる素数周期を持つセミたちが同時に羽化するタイミングは、上述した最小公倍数が大きいという問題から滅多に起こりませんが、計算上13年セミと17年セミの同時羽化は221年周期で発生します。
イリノイ大学が以前に行った研究では、素数ゼミの生息地域では、サッカーグラウンド1つぶんの面積(1エーカー)当たり、150万匹の素数セミが眠っていることが示されました。
素数ゼミに属する種は素数周期を維持したまま前後に数年ズレることがあり、全てが一斉に出てくるわけではありません。
しかし専門家たちが計算したところ、2024年は13年セミと17年セミの羽化周期が重なる年で、合計で1兆匹もの素数ゼミが地上に出てくる可能性があることがわかりました。
この規模の大量発生が起こると、区域の後半がセミの抜け殻や死骸で覆われ、雪かきならぬセミかきをしなければインフラを維持できなくなってしまいます。
現在、素数ゼミの生息区域はゆっくりと拡散しつつあり、将来的にはより広い範囲がセミの大量発生に見舞われるかもしれません。
ただ殺虫剤はいまのところあまり効果がないことが判明しています。
そのため研究者たちは最も堅実な方法として、セミたちが卵を産み付ける木を防護剤などで覆う方法を提案しています。
参考文献
Rare Event: Two Cicada Broods Emerge Together For First Time in 221 Years
https://www.sciencealert.com/rare-event-two-cicada-broods-emerge-together-for-first-time-in-221-years
素数ゼミの謎 ~進化物語の科学~
https://www.sci.shizuoka.ac.jp/sci/wp-content/uploads/2021/06/20180906_02.pdf
元論文
Evolution of periodicity in periodical cicadas
https://www.nature.com/articles/srep14094
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。