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ADHD(注意欠如・多動症)は発達障害のひとつであり、集中力が持続しない「不注意」、落ち着きがない「多動性」、思いつくとすぐに行動してしまう「衝動性」などを特徴とします。
多くは12歳以前の小児期に発症しますが、成人期でもADHDと診断される人は多いです。
特に成人期では、多動性や衝動性は目立たなくなるものの、不注意の特性が強くなり、私生活での物忘れ、遅刻や仕事中のうっかりミス、作業時間の大幅なオーバーが増えます。
またADHDでは感情調節が難しい特性があり、好きな遊びや仕事には過度なまでに集中する一方で、興味のない作業には意欲が起きず、注意散漫になりやすい傾向があります。
こうしたADHDに典型的に見られる「不安定な集中力」や「感情調節の難しさ」が、目の前の作業に対する心理的な抵抗感を引き起こし、普通の人に比べて「先延ばし」が起こりやすくなっているのです。
先延ばしには、精神的な負担を一時的に回避する利点がありますが、それが何度も続くとネガティブ気分や悪感情の増加、自尊心の低下を引き起こします。
例えば「今年から貯金するぞ」と目標設定したはいいものの、「まあ、年初めは何かと入り用だから来月からでいいか」と先延ばしにし、それがどんどん先送りにされていくと自己肯定感の低下を起こしやすいです。
また仕事上のタスクを先延ばしにしていると、自分だけではなく、職場仲間にもストレスを与えて、周りとの人間関係に問題を生じさせることがあります。
加えて、先延ばし癖が深刻な場合だと、長期的に精神的負担が蓄積していき、不安や抑うつ症状を発症することさえあります。
これは実際にADHDを持つ成人によく見られるケースです。
では、どうしてADHDの人では、先延ばしにつながる「不安定な集中力」や「感情調節の難しさ」が起こってしまうのでしょうか?
まず、ADHDの症状を起こす最も大きな原因は、脳の「実行機能」に関わる領域に支障が出ていることです。
実行機能とは、あるタスクを完遂するために必要な一連の脳機能であり、例えば「注意の持続」「時間の管理」「感情のコントロール」「ワーキングメモリ(作業記憶)」などを司どっています。
実行機能に障害が出ていると、ADHDに見られる「不安定な集中力」や「感情調節の難しさ」が起こりやすくなるのです。
反対に、実行機能が優れていると先延ばししなくなることが2021年の研究で示されました(Journal of Research in Personality, 2021)。
ここでは実行機能に関わる「背外側前頭前野(DL-PFC)」の灰白質の量が多く、また前頭葉との神経結合が多い被験者ほど、感情の自己コントロールや計画の立案性に優れ、先延ばしをしにくいことが判明しています。
他方で、DL-PFCと前頭葉の神経結合が少ない人ほど、注意散漫や集中力の不安定が見られ、先延ばしする傾向が強いことが分かりました。
また、ADHDの感情調節の難しさには「ドーパミンの機能障害」が関連しています。
ドーパミンは集中力や意欲を高める脳内神経伝達物質のひとつですが、ADHDではドーパミンの分泌が非常に不安定になっているのです。
すると、周囲から強制されるような宿題や作業に対してはドーパミンが出ないので、集中力を欠き、不注意や多動性の症状が出ます。
逆に自分の好きな作業をするときはドーパミンが出過ぎてしまい、声をかけても聞こえないなど、過度な集中力を発揮します。
ADHDでは、このドーパミン機能障害により、興味のない/嫌いなタスクへの心理的抵抗感が普通の人より強くなって、作業の開始を先延ばしにしてしまうのでしょう。
ここまで分かっているものの、現時点では、これらの脳機能障害を根本から治癒する方法や薬剤は存在しません。
ADHDの症状はひとつの個性として付き合っていくしかありませんが、それでも「先延ばしをできるだけなくす方法」なら存在します。
それを最後に見てみましょう。
専門家らは、ADHDを持つ人でも先延ばしを減らせる方法について、3つのヒントを提示します。
1つ目は「大きなタスクを小さなタスクに分割する」ことです。
先延ばし癖の強い人は、ある目標や作業を目の前にすると、「果たして達成できるのか」という漠然とした不安や「興味もないしやりたくない」という心理的な抵抗感を抱きます。
しかし、そうした乗り越え難い負の感情は、タスク全体を小さく分割することでハードルがぐっと低くなります。
例えば、散らかった部屋を掃除する場合、一度に片付けるのではなく、「今日は机の上だけ、明日はクローゼットの中だけ」というようにタスクを分割してみるのです。
そうするとやるべきことが明確になり、作業時間も短くて済むので、集中力が十分に持続し、先延ばしが起こりにくくなります。
2つ目は「気が散るものをなくす」です。
タスクを小さく分割して、せっかく重い腰を上げたとしても、近くにスマホや漫画、テレビなどがあると気が散って注意散漫になってしまいます。
特にADHD傾向のある人はそうしたものに惹かれやすいので、作業に取り組むときはあらかじめスマホをミュートにしておくとか、ゲームや漫画を目に入らない場所に隠すとか、テレビを消すなどの対策をしておくと良いでしょう。
そして3つ目は「ご褒美の設定」です。
嫌な目標や作業を始めようとする際、それを終えた後に何の報酬もないことも面倒臭さや抵抗感を生む要因になります。
そこでタスクを終えるごとに自分へのご褒美を用意してみましょう。
例えば、「このレポートをまとめ終わったらスイーツを食べてよし」とか「1週間ダイエットを頑張ったら週末に服を買おう」というように自分ルールを設定してみるのです。
ゴールにご褒美が待っていると分かっていると、作業にも取り掛かりやすく、モチベーションも上がるので先延ばしが少なくなるでしょう。
これら3つはADHDでない人にも十分に役立つ方法ですので、先延ばし癖のある方はぜひ活用してみるといいかもしれません。
参考文献
Why do we procrastinate?
https://www.livescience.com/human-behavior/why-do-we-procrastinate
What to know about ADHD and procrastination
https://www.medicalnewstoday.com/articles/adhd-procrastination#risks
The Relationship Between ADHD and Procrastination
https://www.verywellmind.com/adhd-and-chronic-procrastination-20379#:~:text=Factors%20Contributing%20to%20ADHD%2DRelated,%2C%20sequencing%2C%20and%20time%20management.
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。