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英国のブリストル大学によって行われた研究によって、400年前に錬金術師が作ったとされる世界初の高性能爆薬が、なぜ紫色の煙を発するのかが解明されました。
日本語では「雷金」と呼ばれる爆薬は、金をベースにアンモニアなどさまざまな物質を材料の混合物で構成されている極めて不安定で爆発しやすい物質であり、多くの錬金術師を爆発事故に巻き込んできた歴史を持っています。
古の錬金術師が残した謎を、現代科学はどのように解決したのでしょうか?
今回はまず最初に錬金術の歴史について軽くまとめ、次ページ以降で雷金の謎や研究成果について紹介していきたいと思います。
研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されました。
目次
錬金術は古代から中世にかけて、科学的知識がまだ十分に発達していなかった時代に、自然界の秘密を解明しようとする試みでした。
錬金術はその名の通り、主に卑金属から貴金属(特に金)を練り出すことを目指していました。
しかし他にも様々な物質や人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成することも含まれています。
たとえば老化や病気を克服し、永遠の若さや不死をもたらすとされる伝説の薬「エリクサー」やあらゆる病気を治すことができるとされる万能薬、人間の肉体と魂の錬成をはじめとした人工生命(ホムンクルス)の創造なども目的の1つとされていました。
錬金術の起源は、古代エジプトの神秘主義や古代ギリシアの哲学、特にアリストテレスによる四元素説にまで遡ります。
この時代の人々は、万物が火、空気、土、水の4つの基本要素から構成されていると考えていました。
そして中世のヨーロッパが停滞期に入るころ、イスラム世界へと知識が伝わり、そこで錬金術が大いに発展します。
しかしイスラム世界での錬金術の発展は現代的な化学に辿り着くことはありませんでした。
原因は賢者の石でした。
イスラム世界では錬金術が発展して現代的な「化学」へと進化する兆しがあったものの、やがて多くの錬金術師たちは自然の神秘を解き明かすよりも、鉛を金に変えたり、永遠の命をもたらしてくれる賢者の石探しに、ほとんどの労力を注ぎ込むようになってしまったのです。
この熱狂は、一部の錬金術師が不可解な実験や奇妙な儀式に没頭することにつながり、時には王侯貴族からの支援を受けながらも、多くは無意味な浪費に終わりました。
一方、その後にイスラム世界から錬金術を逆輸入した西洋世界では、大きな変化が起こりました。
イスラム世界の錬金術師が賢者の石探しに躍起になっている17世紀後半、ヨーロッパでは化学者のボイルが四元素説を否定、ラヴォアジェが著書で33の元素や「質量保存の法則」を発表するに至りました。
他にも錬金術師たちは塩酸、硝酸、カリ、炭酸ナトリウムを最初に製造し、ヒ素、アンチモン、ビスマスなどの化学元素を初めて特定しました。
そして17世紀末になると錬金術とオカルト部分の分離が明確になり、現代に続く「化学」が成立します。
王侯貴族の莫大な支援(選択と集中)を受けたイスラム世界の錬金術が失敗し、そこまでの介入がなかったヨーロッパ世界で錬金術が化学へ進化したという事実は、皮肉と言えるでしょう。
あるいは、技術的に立ち遅れていた西洋世界のほうが、錬金術をより新鮮な視点で受け入れることができたからかもしれません。
どちらにしても、このような長い錬金術の歴史を考えれば、人類初の高性能爆薬「雷金」を錬金術師が発明したとしても不思議はないでしょう。
日本語で「雷金」と呼ばれる爆薬は、人類が最初に開発した高性能爆薬であり、1585年に錬金術師ゼバルト・シュヴァルツァーによってはじめて単離されたとされています。
シュヴァルツァーは、雷金を作るには「金のサンプルを王水に溶解し、飽和溶液に塩化アンモニウムを加え、鉛球を通して溶液を沈殿させ、酒石酸上で乾燥させる」と記しています。
王水は金を溶解させることが知られる溶液として知られており、ざっくりと言えば、金を溶かした溶液にさまざまな化合物を混ぜて乾燥させたものと言えます。
こうして作られた「雷金」は極めて高性能な爆薬であるだけでなく、ちょっとした刺激によっても暴発する、極めて不安定なものでした。
そのため雷金の製造を目指した多くの錬金術師が、実験中の爆発によって深刻な怪我を負うことになったと記録されています。
またもう1つ着目すべき点は、その爆発によって生じる煙が紫色をしていることにありました。
時代が進むと雷金が主に金が不安定なニトロ基と結合していることや、効率的な製造過程も明らかになりましたが、煙が紫色である理由については、詳しく解っていませんでした。
そこで今回、ブリストル大学の研究者たちは、400年に及ぶ謎を解明すべく調査をはじめました。
なぜ雷金の爆発によって紫色の煙が発生するのか?これまでの研究による予測によれば、主な原因は煙に含まれる金のナノ粒子が引き起こす「局在表面プラズモン」と呼ばれる現象であるとされています。
なにやら難しそうな単語ですが、これは構造色が作られるのと同じ現象です。
例えば鮮やかな青い翅を持つモルフォ蝶は、翅の表面がカラフルな色素で覆われているのではなく、微小な構造が特定の波長の光を反射して、特定の色だけが目に見えるようになるからです。
これはCDやDVDの表面が虹色に輝いて見えるのも同じで、CDの表面にある細かい溝が特定の光の波長だけを反射させるからです。
同様にとても小さな金属の粒子が光を受けると、粒子の中の電子が光の波長に反応して一緒に振動します。
この電子の振動が、特定の色の光を強く反射することが知られています。
つまり、局在表面プラズモンは、金属のナノ粒子が光を受けて、特定の色を反射する現象と言えます。
これまでの研究では、爆発のときに発生する金ナノ粒子が、紫色の波長を反射するのに丁度いいため、煙の色が紫色になるのだろうと予測されていました。
しかし爆発時にどんな金ナノ粒子が本当に発生するかどうかは、調べられていませんでした。
そこで今回、ブリストル大学の研究者たちは、5㎎の雷金が爆発するときに発生する煙を、銅メッシュで捕捉し、透過型顕微鏡をしようして観察を行いました。
すると煙の内部には、下の図のように、30nm~300nmの球状の金ナノ粒子が含まれていることが判明しました。
この結果は、雷金の爆発した煙の中に球状をした金ナノ粒子が含まれていることを実証するものとなります。
また研究者たちは、球状をした金ナノ粒子が起こす表面プラズモン共鳴の効果や大きさなどの要素が絡み合って、紫色の光を反射していると結論しています。
現在、研究チームは今回の方法を使用して、銀・鉛・水銀など他の雷酸塩によって生成される煙の正確な性質と金属粒子の分析を予定しています。
参考文献
400-year-old mystery of why early explosive produces purple smoke solved by Bristol academics
https://www.bristol.ac.uk/news/2023/november/purple-smoke-research.html
元論文
Explosive Chrysopoeia
https://arxiv.org/abs/2310.15125
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。