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これと同じブースト効果は、ソプラノやアルトといった高音部を担当する12〜13歳より幼い少年たちには見られていません。
このことから、すでに性成熟に達している16〜19歳の少年たちは、無意識的にも女の子の視線を気にして、自分の声がより深く響くように「張り切った」と考えられるでしょう。
その一方で、少年たちの歌声は確かに女の子がいる場合にエネルギーが増強されていますが、それは周波数レベルで捉えられる微妙な差であり、彼らの「張り切り」が女の子たちに伝わっているかは不明でした。
そこでケラー氏は、少年たちのブーストされた歌声が実際に女の子にアピールする力を持っているかどうかを検証しました。
チームはまず、聖トーマス教会少年合唱団に協力してもらい、「客席に少年か大人の男性のみがいる条件」でバッハ作曲の讃美歌を歌ってもらい、それを録音しました。この実験では、当然合唱団の少年たちに録音の意図は伏せています。
(合唱団の構成は、16〜19歳のバスが4人、16〜18歳のテノールが4人、12〜16歳のアルトが4人、12〜13歳のソプラノが4人となっている)
次に2回目の合唱では「客席の最前列に10代の女の子を並ばせた条件」で録音を行いました。
このとき、少年たちには「どうも修学旅行で女子生徒たちが歌を聴きにきたらしい」とそれっぽく伝えています。
その後、チームはオンライン上で計2247人の男女を募り、少年合唱団の歌声サンプルを使って2つのテストを行いました。
1つ目の「感受性テスト」では、女性679人(12〜71歳)・男性481人(17〜81歳)を対象に、各条件における少年の歌声をどう感じるかを調べています。
2つ目の「嗜好性テスト」では、女性655人(13〜78歳)・男性432人(12〜86歳)を対象に、各条件のどちらの歌声が好みかを調べています。
参加者には、音楽訓練の経験がある人とない人の両方が含まれていました。
その結果、感受性テストでは男女とも、客席にいる女の子の存在によって誘発された少年たちの歌声の変化に気づいており、歌の差異を聞き分けていることが示されました。
しかし興味深いことに、男性の参加者は両条件での歌声に好みの違いを示さなかったのに対し、女性の参加者は嗜好性テストにおいてブーストされた少年の歌声の方を好む傾向が見られたのです。
これは少年たちの頑張りがちゃんと女の子に伝わっていることを示唆します。
ちなみに合唱後のインタビューで、少年たちは客席に女の子がいた2回目の方が合唱が上手くいったと感じていました。しかし、合唱団の誰も少女たちの注意を引こうとしたことは認めなかったそうです。
また、今回の結果は生物学的にも興味深い洞察があるといいます。
ケラー氏によると、カエルやコオロギではメスを惹きつけるために集団で協調して合唱しますが、それと同時に自らの繁殖確率を高めるため、自分だけ目立った鳴き方をすることがよくあるというのです。
これは集団の中で「協調」と「競争」が併存するという生物に特有の行動です。
もしかしたら、人間の合唱にもこれと同じ現象が働いているのかもしれません。
なお、聖トーマス教会少年合唱団によるバッハの讃美歌はこちらから聴くことができます。
参考文献
Singing by boys’ choir ‘sounds more brilliant’ when girls in audience https://www.theguardian.com/science/2023/nov/08/singing-by-boys-choir-sounds-more-brilliant-when-girls-in-audience元論文
Sex-related communicative functions of voice spectral energy in human chorusing https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2023.0326 Simultaneous Cooperation and Competition in the Evolution of Musical Behavior: Sex-Related Modulations of the Singer’s Formant in Human Chorusing(2017) https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2017.01559/full