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その一方で、サワガニがどこを起源とし、どのように日本全国に拡散していったのかはよく分かっていません。
そこで研究チームは、日本列島のサワガニの分布域を網羅する計126地点から268匹を採集し、遺伝子分析を行いました。
遺伝子分析の結果、サワガニの近縁種(同属別種) が国内では南西諸島に種類が多く、また海外のサワガニ類についても東南アジア地域の種多様性が高いことが判明しています。
このことから、日本固有のサワガニの祖先は琉球列島などの南西地域に起源し、そこから北方へと拡散していったことが支持されました。
加えて、日本固有のサワガニの種内に10タイプの主要な遺伝系統が検出され、いずれも相互に大きく遺伝分化していることが分かりました。
基本的には、本州・四国・九州といった主要な島ごとに遺伝系統が分化しています。
対照的に、陸続きとなる同じ島内では遺伝分化が見られず、サワガニは陸路であれば移動分散できることが示されました。
つまり、サワガニは本州・四国・九州のように海で隔てられると移動分散が難しくなり、その島固有の遺伝系統を進化させやすくなったと考えられるのです。
カニには鳥のように空を飛ぶ能力がないので、海峡が遺伝子交流の障壁となるのは自然なことでしょう。
そのため、ここではサワガニの遺伝子に「距離による隔離」の効果が見られます。
距離による隔離とは、遺伝的距離と地理的距離に「正の相関」が生じる現象で、分布域が近いほど遺伝的にも近く、分布域が遠いほど遺伝的にも遠くなります。
これは上の系統図と日本列島における色分けを見れば、明らかでしょう。
ところが!です。
上図の伊豆半島・三浦半島・房総半島の集団に当たる系統4(オレンジ色)を見てください。
系統4だけ明らかに「飛び地」的に分布しており、陸路での移動では説明がつきませんでした。
そこで系統4の遺伝子を調べたところ、最も近縁だったのは地理的に遠く離れた九州や琉球の集団に当たる系統3(赤色)だったのです。
実際、伊豆半島に生息するサワガニは屋久島に見られる個体と同じく、青白い体をしています。
このことから、系統4は東シナ海を北上する「黒潮」にのって伊豆半島・三浦半島・房総半島へと海流分散したと結論されたのです。
しかし、サワガニは一生を淡水で過ごすことで知られます。
そんな彼らが海流にのって長距離を移動することは可能なのでしょうか?
サワガニは純淡水種であり、図鑑や文献には「海水では生きていけない」との記載も見られます。
そこでチームは海水でも生存できるか調べるため、サワガニの耐塩実験を実施。
その結果、サワガニは海水と同程度の塩分濃度でもほぼ問題なく生存できることが判明したのです。
実験では、海水の中に2週間いても高い生存率を示しました。
海流分散が示唆された系統4だけでなく、陸路分散した他の系統でも調べてみましたが、同様に高い塩分耐性を持っていたとのこと。
つまり、すべてのサワガニには潜在的に高い塩分耐性があり、海流分散も可能であると考えられます。
南西諸島には海の注ぐような小規模河川も多く、海岸線付近の淡水域にもサワガニが生息しています。
研究者いわく、その河川で起こる洪水によってサワガニが海に流されている可能性が高いという。
そして2週間も海水で生存できるなら、黒潮にのって伊豆半島へと流れ着くのは十分に可能だと推測されます。
今でも同じような海流分散が起こっているかどうかは不明ですが、サワガニは予想以上にタフな冒険者なのかもしれません。
参考文献
生涯を渓流で過ごすサワガニなのに,「海流分散」の歴史あり! 陸・海の2つのルートで分布拡大,そして新天地での2次的接触 複数の未記載種(新種)を新たに発見! https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/science/research/research/post-42.html元論文
Phylogeography of the true freshwater crab, Geothelphusa dehaani: Detected dual dispersal routes via land and sea https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0944200623000521