誰でも気軽に磁気浮遊ができます。


デンマーク工科大学(DTU)で行われた研究によって、2021年に発見されたばかりの新たな磁気浮上の仕組みが解き明かされました。


磁石を使って別の磁石の浮上を試みる磁気浮遊は、おもちゃからリニアモーターカーまで広く取り入れられている技術であり、ある程度探求し尽くされていたと思われていました。


しかし2021年になって、高速回転する磁石を使った新型の磁気浮遊が発見され、物理学界を大きく騒がせました。


しかもこの新型磁気浮遊に必要な材料は、家庭でも揃うドリルと磁石だけだったのです。


今回の研究では、この磁気浮遊がどんな仕組みで起こるかが調べられることになりました。


新型の磁気浮遊は家庭にあるようなドリルと磁石があれば誰でも再現可能という点からもわかるように、非常に簡単に再現できるため、工業分野での応用が期待されます。


しかし、なぜ磁石を高速回転させるだけで、他の磁石を浮上させることができるのでしょうか?


研究結果の詳細は2023年10月13日に『PHYSICAL REVIEW APPLIED』にて公開されました。







目次



  • 2021年に発見されたばかりの新しい磁気浮遊
  • N極とS極を結ぶ軸が本来の位置から傾いていた

2021年に発見されたばかりの新しい磁気浮遊


Credit: IEEE Around-the-Clock Around-the-Globe Magnetics Conference . DTU

多くの人は子供の頃、2つの磁石を上手く合わせて、一方の磁石を浮遊させられないか試したことでしょう。


物体の浮遊は直感に反する現象であり、SF作品に登場する神秘的なオブジェクトはしばしば、浮遊した状態で描かれています。


しかし多くの試みにもかかわらず、2個の磁石での浮遊に成功させた人はいないでしょう。


磁石には自らの重さ以上の物体を引き上げる力がありますが、空中に持続的に浮かび続ける「安定した浮遊」を実現するには、力のバランスを制御する別の技術が必要となるからです。


しかし2021年になって、同じような大きさの2つの永久磁石を使用する、新しいタイプの磁気浮上が発見されました。


Credit:Joachim Marco Hermansen . Magnetic levitation by rotation . PHYSICAL REVIEW APPLIED (2023)

この新たな磁気浮上では上の図のようにローターと呼ばれる水平方向にN極とS極が倒された磁石が毎分1万回転もの速度で回転されます。


この回転しているローター磁石を、垂直方向にN極とS極が配置されたフローターと名付けられたもう一方の磁石に近づけると、フローターがローターに向けて浮上するのです。


また興味深いことに、このフローターの浮上は単に重力と逆方向の力が働くのではなく、ローターから「一定の位置に固定」されます。


浮上しているローターを上方向に摘み上げようとする場合にも、重力に加えて固定を打ち破る追加の力が必要とされるのです。


Credit:MagnetismDTU,Magnetic levitation demonstrated using a Dremel tool spinning a magnet at 266 Hz.

そのため上の動画のように仕組み全体を横に倒しても、ローターを浮遊させ続けることが可能となっています。


磁気で物体がフワフワと浮上する現象は、おもちゃとして古くから知られている、回転しながら浮上するコマ「レビトロン」にもみられます。


Credit:en.wikipedia

しかしレビトロンのコマは浮いていますが、ドリルの動画のように角度を変えても追従して浮き続けるような力はありませんでした。


このレビトロンでは、磁石の回転速度は人間の指の力でも達成できる程度(500RPM)であり、安定して浮かんでいるのもコマの回転する力に頼っています。


Credit:Canva . ナゾロジー編集部

そのためレビトロンを横倒しにすると、上のコマは下に落ちて行ってしまいます。


一方、2021年に発見された磁気浮遊は遥かに高速の回転(1万RPM)を行った場合に、動画のように角度の変化にも追従し磁石同士の距離を維持し続けたのです。


レビトロンが磁力の力とコマの安定性だけに依存して浮かんでいる一方で、新型の磁気浮遊は浮かばせるというよりも、特定の位置に相手を固定するものと言えるでしょう。


(※実験装置の写真にあるN極とS極の位置関係も、レビトロンとは全く違うものになっています)


そのため新発見された磁気浮上は、既存の磁気浮上とは異なる、未知の仕組みによって達成されていると考えられています。


そこで今回、デンマーク工科大学の研究者たちは、発見から間もない新たな磁気浮上の仕組みを解明すべく、調査に乗り出しました。


なぜ高速回転する磁石は、横向きにしても磁石を空中に固定できるのでしょうか?


N極とS極を結ぶ軸が本来の位置から傾いていた


なぜ高速回転させるだけで磁気浮上を起こせるのか?


謎を解明すべく研究者たちは、最も初歩的かつ有効な手段「視覚的分析」を行いました。


調査にあたってはまず、高速撮影が可能なカメラと磁石の回転を追跡できる追跡ソフトが用意され、浮上中の磁石の挙動が確かめられました。


すると浮上が起こると回転する磁石(ローター)につられて浮上した磁石(フローター)も回転し始め、2つの磁石の回転が同期(周波数がロック)していることが判明。


Credit:Canva . ナゾロジー編集部

またローターの回転を調べたところ、N極とS極を通る極軸が水平方向からやや下向きに傾いていることが発見されました。


さらにフローター磁石の回転も回転軸に対して極軸が斜めに傾いていることが判明します。


つまり2つの磁石は単に互いに垂直方向に回転しているだけでなく、N極とS極の位置が本来の場所からズレを起こしていたのです。


確かにN極とS極を結ぶ極軸が直行する状態が変わらなければ、磁石をどんなに回そうが、磁気浮上は起こらないのは、なんとなく理解できます。


(※上側の磁石が下側に及ぼす影響が中立のままのため)


ただこのズレや回転の同期が浮上をもたらす仕組みを解き明かすには、観察結果を力学的に分析しなければなりません。


そこで研究者たちは実験システムと同じセットをシミュレーション空間で構築し、どんな力がどんな変化を起こしているかを調べてみました。


Credit:Joachim Marco Hermansen . Magnetic levitation by rotation . PHYSICAL REVIEW APPLIED (2023)

すると回転が同期する点は、ローター磁石の回転する磁場がフローター磁石に対して回転を促していた(トルクを与えていた)からだと判明。


またフローター磁石は回転することで垂直方向への安定性(ジャイロ効果)を得ていました。


(※電気エネルギーと力学的エネルギーを交換する回転電気機械では回転磁界を使って電力やトルクを発生させることが可能だと知られています)


一方、磁気浮上を起こすのは、ローター磁石のN極とS極を通る極軸が、回転面に対してやや下に傾いていることが主な原因となっていました。


ローター磁石の極軸に下側への傾きが起こると、直下のフローター磁石に対して、吸引する力と反発する力の両方が発生し、フローターを空間の1点に固定する力になっていたのです。


また興味深いことに、ざまざまな大きさのフローター磁石で実験を行ったところ、小さなフローター磁石を浮上(固定)させるには、より速い回転速度が必要であり、固定位置もローター磁石から遠くなることが判明します。


直感的には、より大きなフローター磁石を持ち上げるには、より大きなエネルギーでドリルを早く回転させるべきだと思われますが、結果は逆になったのです。


研究者たちは回転による磁気浮上(固定)は、非接触式のロボットアームや磁気スプリングとして使うことが可能であり、その単純な仕組みは工学的な用途に向いていると述べています。


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参考文献

Why a spinning magnet can cause a second magnet to levitate
https://phys.org/news/2023-10-magnet-levitate.html

元論文

Magnetic levitation by rotation
https://journals.aps.org/prapplied/abstract/10.1103/PhysRevApplied.20.044036
情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 回転するドリルの先端に磁石が浮き続ける不思議現象の仕組みを解明!