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自動車やバイクなどに使われる普通のエンジンでは、燃料を酸素と混ぜて点火し、爆発によって生じた高圧によってピストンを押し上げます。
爆発が終わればピストン内部の圧力は元の低圧状態に戻りますが、直ぐに再び燃料と酸素が注入され、爆発が繰り返されます。
現在、世界には多種多様な内燃機関が存在しますが、その全ては圧力の差を使って動力が供給されています。
逆を言えば「低圧と高圧のサイクルを繰り返す仕組み」さえあれば、どんなものもエンジンになれる可能性があります。
そこで今回、沖縄科学技術大学院大学の研究者たちは、量子エンジンと呼ばれる全く新しいタイプの仕組みを開発し、試運転を試みることにしました。
新たな量子エンジンも一般のエンジンと同じく「低圧と高圧のサイクルを繰り返す仕組み」を備えています。
しかし、圧力の生成には燃料も酸素も必要とせず、代わりにピストン内部の「量子の状態」を変化させることで、低圧と高圧のサイクルを実現しています。
「量子の状態」というと難解なイメージを持つかもしれませんが、この記事ではわかりやすく解説します。
普通のエンジンが爆発前(低圧)と爆発後(高圧)の2つの状態で説明できるように、量子エンジンの場合もボース状態(低圧)とフェルミ状態(高圧)の2つの状態で説明可能となっています。
あまり知られていませんが、私たちの世界を構成するありとあらゆる粒子は、フェルミ粒子とボース粒子の2つに大別することが可能です。
例えば電子や陽子、中性子などはフェルミ粒子に分類されますが、光子やヒッグス粒子、湯川秀樹博士によって予言された中間子などはボース粒子に分類されます。
(原子レベルの場合)分類基準は、原子を構成する陽子と中性子と電子の数を足したものが奇数ならばフェルミ粒子、偶数ならばボース粒子となります。
元素周期表の原子番号も奇数の元素は不安定で、偶数の元素は安定という法則が存在しますが、不思議な量子の世界でも偶数奇数の分類方法は有効であり、粒子の特性にかなりの差が生じてきます。
特に極低温状態になると、フェルミ粒子とボース粒子の「違い」は顕著になります。
ボース粒子の場合、極低温状態に置かれると全ての粒子の持つエネルギー状態が同じ「最低」になり、粒子たちは互いに区別ができない状態(ボース=アインシュタイン凝縮)に陥ってしまいます。
この区別できない状態は、箱に沢山テニスボールが入っている状態とは違います。
箱に入れられたテニスボールたちは、人間の認識力の限界という人間的な理由によって区別がなくなりますが、ボース=アインシュタイン凝縮に陥ったボース粒子たちは真の意味で区別がなくなり、全体が凝縮して1つの量子のような挙動をはじめます。
この不思議さのため、ボース=アインシュタイン凝縮になったボース粒子たちは、量子世界の不思議さが目に見える(巨視的な)レベルで顕現した状態だと言われています。
一方、フェルミ粒子を冷却していっても、ボース粒子のような奇妙な変化は起こらず、各粒子のエネルギー順位は最も低いものから高いものまで、はしご状に積み重なった状態のままです。
低温になったことでエネルギーの差も小さくなりましたが、フェルミ粒子の場合は、全ての粒子はエネルギー的に区別できる状態で冷えていったのです。
すると、極低温時のボース粒子とフェルミ粒子の間には大きなエネルギーの差がうまれることに気づくでしょう。
極低温時、ボース粒子は全ての粒子が「最低」のエネルギー状態になりますが、フェルミ粒子の場合は全てが異なったエネルギー順位を持つため、フェルミ粒子のほうが遥かに大きなエネルギーを持つことになります。
そこで今回、沖縄科学技術大学院大学の研究者たちは、極低温環境に閉じ込められた粒子に対して外部から磁場を浴びせ、容器内のフェルミ粒子をボース粒子に、そしてフェルミ粒子に戻すサイクル装置を開発しました。
高エネルギーなフェルミ状態と低エネルギーなボース状態を繰り返すことができれば容器内部の圧力も低圧と高圧を繰り返し、エンジンとしての機能を獲得することが可能になります。
研究ではまず、フェルミ粒子としての性質を持つ陽子3個、中性子3個、電子3個(合計数9の奇数)から成るリチウム6のガスが用意され、極低温まで冷却されました。
そして外部から磁場を操作することで2つのリチウム6を結合させたり、分離させたりを繰り返します。
陽子、中性子、電子の合計数が9であるリチウム6が結合して1つの分子になれば、合計数は18の偶数となり、フェルミ粒子からボース粒子へと性質が変化し、逆に分割されれば合計数9のフェルミ粒子に戻ります。
今回の研究では外部の磁場を調整することでこのサイクルを実現させることにはじめて成功しました。
通常のエンジンでは圧力のサイクルを繰り返すには、外部からの燃料や酸素を必要としますが、量子エンジンの場合は容器内部の量子状態が変化するだけで圧力のサイクルが完成しており、ピストン内部に追加の物質を投入する必要はありません。
ピストン内部にある粒子の結合と分解を繰り返すだけで、延々とエネルギーを生み出すことができるのです。
量子エンジンがうみだす仕事量は、量子状態の変化そのものに起因しており、量子の世界からエネルギーを抽出していると言えるでしょう。
といっても、現時点ではエネルギー効率にはまだ課題があるようです。
ドイツの共同研究チームが実際に量子エンジンの仕組みを構築して、粒子に与えられるエネルギーと圧力のサイクルによって生じる出力を比較したところ、エネルギー効率が25%に達していることが判明しました。
ただこの数値はシステム全体の冷却に必要なエネルギー量を換算に入れていない数値となっています。
研究者たちは今後、システムの基礎理論を完成させ、エンジンとしての性能を最適化させていくと述べています。
もし量子エンジンが実用化されれば、動力源の概念を変化させる、エネルギー革命が起こるでしょう。
参考文献
量子革命の原動力、「量子エンジン」が実現する日も近い? https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2023/9/28/powering-quantum-revolution-quantum-engines-horizon元論文
A quantum engine in the BEC–BCS crossover https://www.nature.com/articles/s41586-023-06469-8