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このように、水がかかっても濡れない「疎水性」の素材やコーティングは便利ですが、その性能には限界があります。
しかしアメリカのハーバード大学ジョン・A・ポールソン工学・応用科学スクール(SEAS)に所属するジョアンナ・アイゼンバーグ氏ら研究チームは、水中で生活するミズグモから着想を得て、より強力な疎水性表面を作りだすことに成功しました。
なんと水中で数カ月も乾いた状態を保つことができるというのです。
研究の詳細は、2023年9月18日付の科学誌『Nature Materials』に掲載されました。
目次
ミズグモ(学名:Argyroneta aquatica)は、世界で唯一水中生活をするクモです。
とはいえ水中で呼吸できるわけではありません。
彼らは水中でも腹部に空気をまとって「空気ボンベ」を作ることができるため、長時間水中で過ごしても窒息しないのです。
またミズグモは水面に上って空気を補充することができ、それらの空気と水草を集めて水中にドーム状の住居を作ることさえできます。
そしてこの水中で空気の塊を保持することを可能にしているのが、腹部に備わっている何百万もの粗い疎水性のある毛です。
疎水性は水との親和性が低い性質のことで、例えば油が水に混ざらないのは油が疎水性を持つためです。
この疎水性という言葉は、一般的には撥水性(水を弾く性質)という言葉で表現されることも多いため、撥水性と呼んだ方が馴染みのある人もいるかも知れませんが、この記事では基本的に疎水性と表現していきます。
科学者たちは長い間、このミズグモの疎水性に注目してきました。
ミズグモが水中で空気を抱え込む身体の表面を技術的に再現できれば、「水中でも濡れない超疎水性表面」の材料を作ることができるからです。
こうした表面はバクテリアの付着や、海洋生物の付着などを大幅に減らすことができるため、医療から工業まで幅広く活躍が期待できます。
ミズグモは細かな毛によって水を弾く身体を持っているため、これを再現しようとするならば細かくて粗い表面を人工的に作る必要があります。
しかし既存の方法でこれを実現しようとしても、細かく荒い表面は機械的に弱いため、温度や圧力の僅かな変化ですぐ破壊されてしまいます。
そのためこれまでの実験でも、疎水性表面を水中で長時間安定して維持することが出来ず、表面が乾いた状態でいられるのはわずか数時間だけでした。
今回アイゼンバーグ氏ら研究チームは、ミズグモの表面が持つ安定性について、従来より多くのパラメーターを分析しました。
これまでは疎水性表面の評価は2つのパラメーターしか考慮されていませんでしたが、今回は「表面の粗さ」「表面分子の疎水性」「接触角(固体上の液滴のふくらみの程度)」など、より多くのパラメーター群を特定。これらを熱力学の理論と組み合わせることで、空気の安定化の秘訣を解明することに成功しました。
研究チームが行ったことは、これまで見逃されてきたより重要なパラメータを特定し、それを製造に組み込むという単純な方法でした。
しかしこれにより従来のシンプルな製造技術を用いて、広く普及している安価なチタン合金を超疎水性表面として加工することに成功しました。
この新しい材料は、これまでよりも数千時間長く乾燥状態を保てつことが可能だといいます。
研究チームは、課題だった「安定性」をテストするため、材料を曲げたりひねったり、熱水や冷水をかけたり、砂や鋼で擦ったりしました。
さらに208日以上連続(研究発表の時点で継続中)で水中に沈めたり、血液に何百回も浸したりしました。
それでも新しい表面は、劣化することなく疎水性を保つことができたといいます。
加えてこの表面は、大腸菌やフジツボの増殖を大幅に抑制し、ムール貝の付着を完全に無くすことにも成功しました。
研究チームは、この超疎水性表面を様々な分野に応用できると考えています。
例えば、術後の感染を抑える生体医療機器や腐食しない水中センサーなどに利用できるかもしれません。
そして今回はチタン合金でこの表面を作りましたが、別の材料を用いることで可能性がさらに広がることでしょう。
「水の中でも数カ月間濡れない表面」は、私たちの生活をさらに快適にしてくれるはずです。
参考文献
Staying dry for months underwater元論文
Long-term stability of aerophilic metallic surfaces underwater