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今回の舞台となるのは、アフリカ南東部・ジンバブエの東部高地に位置する「ニャンガ(Nyanga)地区」です。
モザンビークとの国境に連なる山脈であるニャンガ地区は昔から、森林に囲まれて涼しく湿った環境を作り出しており、現地の生物にとって住みよい場所となっていました。
そんな中、1920年頃に正体不明のヘビが目撃され、生物学者たちの注目を集めました。
赤地の皮膚に黒い縞模様、コブラと同じく首まわりにフードを広げる機能がありましたが、同地で知られている他種のコブラとは特徴が一致しなかったのです。
1950年代にも同じヘビが何度か目撃されますが、標本の採取には至っていません。
この目撃をめぐる謎は、当時アフリカ南部で最も著名な爬虫類学者であったドナルド・G・ブロードレイ氏(1932〜2016)の耳に入ります。
そしてブロードレイ氏は1961年に、提供された頭のサンプルをもとにして、この謎のヘビの正体が「リンカルス(学名:Hemachatus haemachatus)」であることを特定したのです。
リンカルスはヘビ目コブラ科リンカルス属に分類される有毒ヘビで、ジンバブエの他、南アフリカ、エスワティニ(旧スワジランド)、レソトにのみ生息しています。
その後もニャンガ地区ではいくつかの標本が採取されますが、80年代に行われた林業によって景観が大きく変わってしまい、1988年以降は同地でリンカルスが一切見られなくなりました。
事件はこれで終了かと思いきや、バンガー大学の研究者らはある疑問に思い当たります。
それはニャンガ地区のリンカルスだけ、他のリンカルスの住んでいるエリアから700キロ以上も遠く離れた場所に生息していたことです。
つまり、これだけ生息地が離れているのなら、遺伝的に別種の可能性が高いと予想されます。
そこでチームは、1982年に車に轢かれてから40年間も博物館に保存されていた標本の遺伝子分析を行ったのです。
ニャンガ地区のリンカルス標本を遺伝子分析した結果、チームの予想通り、南アフリカ地域の個体群とは遺伝的に異なった新種であることが判明しました。
遺伝子データを調べてみると、ニャンガ地区のリンカルスは約700万〜1400万年前に南アフリカの集団から分岐したと推定されています。
それ以来、現代に至るまでジンバブエで孤立した状態で生きてきたようです。
以上の結果からチームは、ニャンガ地区のリンカルスを改めて「ヘマチャトゥス・ニャンゲンシス(Hemachatus nyangensis)」として新種記載しました。
この学名はラテン語で「ニャンガ・リンカルス」という意味です。
新種の標本には、近縁のコブラと同じく毒を吐き出すための牙がありましたが、生きていたときの使用例が確認されていないため、牙をどう使い、どれほど有毒であったかは分かっていません。
ただ一般的な毒ヘビは毒液の噴出孔が牙の先端にあり、注射針のように使うのに対して、南アフリカのリンカルス集団は毒液の噴出口が前方を向いており、対峙した相手に毒液を吹きかけられる仕組みになっています。
もしかしたらニャンガ・リンカルスも同じ使い方をしていたのかもしれません。
新種の発見に喜びの声を挙げたいところですが、先ほど言ったように、生きたニャンガ・リンカルスは1988年以来、一度も見つかっていません。
生息地の変化も相まって、研究者らは「すでに絶滅している可能性が高い」と考えています。
一方でチームは、ニャンガ・リンカルスが今もどこかで生きていることを諦めてはいません。
もし生きた個体が見つかれば、南アフリカの集団と分岐したより正確な時期とともに、保護活動に役立つ情報が得られるでしょう。
果たして、新種ニャンガ・リンカルスはまだ地球上に存在しているのでしょうか?
参考文献
NEW SPECIES OF COBRA-LIKE SNAKE DISCOVERED – BUT IT MAY ALREADY BE EXTINCT https://www.bangor.ac.uk/news/2023-10-02-new-species-of-cobra-like-snake-discovered-but-it-may-already-be-extinct元論文
Museum DNA reveals a new, potentially extinct species of rinkhals (Serpentes: Elapidae: Hemachatus) from the Eastern Highlands of Zimbabwe https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0291432