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CERN(欧州原子核研究機構)で行われた研究により、物質と反対の性質を持つ反物質でも重力に引かれて落下することが実証されました。
これまで反物質を保持した上で自由落下させることが上手くできず、重力に反物質がどのように反応するかは明確に確かめられていませんでした。
しかし今回の研究では反物質を磁気フィールドで保持しつつ自由落下させる特殊ケースが開発されており、長年の謎が解明されました。
研究内容の詳細は2023年9月27日に『Nature』にて掲載されました。
目次
重力は材質に関係なく、すべての物体に同じように働くことが知られています。
かつてガリレオ・ガリレイは、さまざまな素材のボールを小さなスロープで転がすことで、鉄球も鉛玉も同じ速度で転がることを実証しました。
(※ピサの斜塔からボールを落としたというのは後世の創作と考えられます)
またアインシュタインによって、重力の正体が時間と空間の歪みにあるとする、一般相対性理論が発表され、現代の重力理論の基礎が築かれました。
アインシュタインの重力理論では、物体自身は直線運動をしているつもりでも、時空の歪みに沿って移動することで、あたかも一定の方向に引き寄せられるような動きを見せるとされています。
つまり重力の実体は時空の歪みであり、重力という力そのものがあるわけではないのです。
地球と月の重力の強弱も、その本質は時空の歪みの「きつさ」にあると言えるでしょう。
(※重力という概念を想定したほうが理解しやすいために使われているに過ぎません)
一方、私たちの宇宙には物質とは対になる反物質が存在することが知られています。
たとえば電子の反物質である陽電子は、マイナスではなくプラスの電荷を持っています。
またクォークからなる原子核「陽子」は通常プラスの電荷を持ちますが、反クォークから成る反陽子はマイナスの電荷を持ち、プラスの陽電子と組み合わせることで反水素を作ることが可能になります。
このように、反物質の多くは通常の物質と反対の性質を持っていることが知られており、いくつかの野心的な理論では、反物質は重力源に引かれるのではなく押される「反重力」の性質を持つとされていました。
しかしこれまで、反物質が重力に対してどのように振る舞うかは、明確に確かめられていませんでした。
重力に反応するかどうかを確かめるなんて簡単な実験のように思う人もいるかも知れません。しかし反物質は簡単な検証をすることすら非常に難しいのです。
反物質は作るのが困難であるだけでなく、作ったとしても物質によって構成される「箱」に入れることはできません。
多くの反物質は通常の物質と接触すると対消滅反応を起こしてしまうことが知られているからです。
もしガリレオが重さ10㎏の反物質のボールをピサの斜塔から落とそうした場合、手が反物質に触れた瞬間に対消滅が発生。
莫大なエネルギーによってピサの斜塔ごと消し飛んでしまうでしょう。
(※反物質1gの対消滅はTNTに換算して43キロトンの出力になります。10㎏の反物質ならばTNT換算でおよそ430メガトンとなり、史上最大の核爆弾であるツァーリボンバー(50メガトン)の8倍以上の出力になると考えられます。)
普通の環境では、反物質の自由落下を観測するのは不可能に近いと言えるでしょう。
そこで今回、CERN(欧州原子核研究機構)の研究者たちは、反物質の保持と落下速度を測定できる磁気トラップ装置を開発し、史上初となる反物質が重力にどう反応するかを実証することにしました。
調査にあたってはまず、電子の反物質である陽電子と陽子(水素の原子核)の反物質である反陽子が作成され、結合させることで反水素が作られました。
技術の進歩によって、現在では反水素の補足と蓄積は日常的に行えるようになっており、CERNの反水素レーザー物理学装置(ALPHA)では、最大数千個に及ぶ反水素原子が保管できるようになっています。
保管容器は縦長のシリンダーとなっており、内部に強力な磁気を展開することで、反水素が(物質で構成される)シリンダーの壁と接触することを防いでいます。
研究者たちはこのシリンダーに磁気調節機能を追加した、上の図のようなシリンダーを開発しました。
このシリンダーはも磁気の力で反水素をトラップしています。
磁気が強い間は、反水素は上下に展開される磁気フィールドに跳ね返されて上下の空間に出ることはできません。
しかし磁気を緩めていくと、磁気フィールドを突破できる反水素があらわれはじめます。
このとき、もし反水素が重力に引かれる性質があるなら、反水素が磁気フィールドを突破する数は、上側よりも下側のほうが多くなるはずです。
結果、上の動画のように、反水素の磁気フィールドの突破は下側が上側の5倍多くなっていることが明らかになりました。
つまり上側から20個の反水素が飛び出す間に、下側からは80個以上の反水素が飛び出していたのです。
またこの比率をもとに反水素が受けている重力加速度(g)を計算したところ0.75±0.29(g)であり、地球上の物体に働く重力加速度1gと誤差の範囲で一致しました。
この結果は、少なくとも反物質には重力に押される反重力性はなく、通常の物質と同様に重力に引かれる性質を持つことを示しています。
研究者たちは今後、装置の精度を向上させ今の100倍の正確さを目指していくとのこと。
参考文献
For The First Time, Physicists Measure Antimatter Falling in Gravity元論文
Observation of the effect of gravity on the motion of antimatter