日本にも生息することが知られている奇妙な寄生植物「バラノフォラ」は、一見すると木の根元に生えているキノコに見えます。

しかしキノコのように見える構造は、茎の上に無数の小さな花が並べられた花の塊です。

顔を近づけてみると、思いのほか美しい花が密集していることがわかるでしょう。

しかし米国のブリティッシュコロンビア大学(UBC)で行われた研究によってバラノフォラは花があるにもかかわらず、開花を制御するための遺伝子を持たないことが示されました。

また普通の寄生植物は宿主に吸引器を刺し込んで栄養を盗みますが、バラノフォラは宿主の細胞を操作して自分の肉体の一部とする「キメラ体」を作る極めて特殊な性質を持っています。

どうやってバラノフォラは開花を制御する遺伝子がないのに花を咲かせ、なぜ宿主の細胞を自分の肉体とするようになったのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年9月21日に『Nature Plants』にて掲載されました。

目次

  • 他人の細胞を利用して自分の体を作る寄生植物バラノフォラ
  • バラノフォラでは記録的な遺伝子喪失が起きている

他人の細胞を利用して自分の体を作る寄生植物バラノフォラ

Credit:Canva . ナゾロジー編集部

多くの寄生植物の起源は、白亜紀から古第三紀にかけて恐竜絶滅が起きた厳しい時代にあることが知られています。

巨大隕石の衝突は恐竜だけでなく植物にも甚大な被害を与え、多くの植物種が絶滅していきました。

そんな中、自力で生きていくのが困難になった植物たちのなかに、他の植物に寄生するものが現れたと考えられます。

大地に根を張り、光から栄養を合成するよりも、仲間の体から栄養を盗んだほうが効率的だったからです。

生き残るためならば手段を選ばないのは、動物も植物も同じです。

その後も、困難な時期を迎えるたびに新たな寄生植物が誕生していきました。

(※寄生植物は独立して12~13回誕生したと考えられています)

寄生植物の宿主に対する依存度は種によって大きく違っており、少しばかり栄養を盗んであとは自力で光合成するものから、全ての栄養を宿主に依存しきる完全寄生(ホロ寄生)までさまざまとなっています。

一般的な寄生植物の栄養窃盗法は、吸器と呼ばれる細い突起を宿主の体内に刺し込む方法です。

他人の買ったシェイクにストローを刺し込んで、勝手に吸い込む方法と言えるでしょう。

しかしバラノフォラと呼ばれる寄生植物のグループでは、非常に奇妙な窃盗法を用います。

Credit:基礎生物学研究所

バラノフォラは宿主の根を自らの体内に引き込み、上の図のような、宿主の細胞と自分の細胞が入り混じったキメラ体(塊茎)を作り上げます。

キメラ体を輪切りにすると、宿主の根がバラノフォラの細胞と混在しており、宿主植物の維管束系を誘導していることも確認されています。

Credit:基礎生物学研究所

この巨大なキメラ体(塊茎)は「食糧庫」として機能しており、バラノフォラはこのキメラ体(塊茎)から栄養を吸い取って食べているのです。

この場合、再びシェイクで例えるならば、バラノフォラは他人のシェイクに「ちょっと頂戴」と厚かましくストローを刺し込むのではなく、「お前のものは俺のもの」とまるでジャイアンのように他人の買ったシェイクを容器ごとまるまる奪っている状態と言えるでしょう。

どちらにしてもシェイク(栄養素)が吸われていることに変わりはありませんが、バラノフォラの方法は宿主の細胞を使って自分の肉体の一部を作らせているという点で、より寄生レベルが進行した状態だと言えるでしょう。

しかし寄生生物の定めとして、寄生レベルが高くなればなるほど、自らの体のパーツや遺伝子を失っていくことが知られています。

たとえばクラゲなどに寄生する寄生動物ヘネグヤ・サルミニコラはかつて複雑な機能を持つ動物でしたが、長きに渡る寄生生活によりあらゆる体の部位を失ってしまいました。

さらにそれだけでなく、多細胞生物であることすらやめて単細胞生物に逆進化している最中と考えられています。

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またヘネグヤ・サルミニコラの「喪失」は細胞内部にも及び、ミトコンドリアを失って酸素呼吸ですら宿主に依存するようになってしまいました。

そして私たちの細胞内部にあるミトコンドリアや葉緑体は寄生の果てに、単細胞生物として必要だったあらゆる機能をパージし、ついに生物を辞めてしまいました。

生き残るために選んだ寄生の究極の姿が、生命をやめることだというのは皮肉と言えるでしょう。

バラノフォラでは記録的な遺伝子喪失が起きている

Credit:基礎生物学研究所

話をバラノフォラに戻します。

バラノフォラは他の寄生植物に比べて、宿主との融合が進んでいるのは先に話した通りです。

そこで今回、ブリティッシュコロンビア大学の研究者たちは、バラノフォラの遺伝子を調べ、失われている遺伝子の数を調べました。

結果、30%もの遺伝子が失われていると判明。

さらにバラノフォラと同じように宿主の細胞を自らの肉体の一部とする「サプリア」と呼ばれる寄生植物の遺伝子を調べると、こちらは40%近い遺伝子が失われていることが明らかになりました。

これまでの研究で、寄生植物の喪失遺伝子を調べた研究では、軽度の寄生植物は2~3%、中程度の寄生植物では6~7%、完全な寄生植物の場合でも13~15%の遺伝子しか失っていないことが知られています。

しかし宿主と融合する高レベルの寄生を選んだバラノフォラとサプリアは、それよりも遥かに多くの遺伝子を失っていたのです。

地球上には多くの寄生植物が存在していますが、花を咲かせる植物として30~40%もの遺伝子喪失は記録的と言えます。

また失った遺伝子がどんなものかを調べると、2種とも光合成や、窒素吸収、根の制御、花の制御など、植物としてやっていくのに必須なものが完全に失われていることが判明します。

バラノフォラとサプリアは植物としては遠縁であり、異なる「目(もく)」に分類されています。

「目(もく)」は生物の分類法の中では哺乳類など「類」の下にある段階であり動物の場合は「サル目」「ウサギ目」「ネコ目」「オポッサム目」などかなり大きな分類項目となっています。

違う植物が、寄生植物になったとたん、同じような遺伝子を失っていたということは非常に強い収束が起こっていることを示しています。

ただそうなると、気になる点が見えてきます。

バラノフォラは花を咲かせるための制御遺伝子を失っているのに、なぜ花を咲かせられるのでしょうか?

研究ではヒントとなる結果が得られています。

バラノフォラでは体の調整に重要な植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」の遺伝子が失われています。

しかし植物ホルモン(アブシジン酸)を検知する遺伝子だけは残っていたのです。

研究者はこの奇妙な状態は、バラノフォラが体の調節機構を宿主に委ねているからだと述べています。

宿主は自らの植物ホルモンで開花タイミングなどの体の調節を行っていますが、バラノフォラは宿主の植物ホルモンを検知することで宿主の体の調節機能に同期していると考えられます。

宿主が花を咲かせるタイミングと同期することができれば、いつ花を咲かせるかを制御する遺伝子を失っても問題ありません。

また研究者たちは宿主と生理現象を同期させることは、寄生植物にとっても利益となると述べています。

依存すればするほど有利になる。

遠い将来、寄生の果てにバラノフォラはどんな姿に変わっていくのでしょう。

多細胞から単細胞に、そして生命であることさえ辞めてしまい、宿主の細胞内で情報断片となるのか、それとも宿主との融合能力を強化して異形の生命体に進化するのか…

バラノフォラに属する寄生植物には現在、未知の仕組みで痛みや炎症、発熱に対して効果があることが報告されています。

尋常ならざる進化過程をたどり、植物として失うはずがない遺伝子を捨ててきたバラノフォラには、予想もできない薬効が眠っているのかもしれません。

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参考文献

This parasitic plant convinces hosts to grow into its own flesh—it’s also an extreme example of genome shrinkage https://www.eurekalert.org/news-releases/1002226

元論文

Balanophora genomes display massively convergent evolution with other extreme holoparasites and provide novel insights into parasite–host interactions https://www.nature.com/articles/s41477-023-01517-7
情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 宿主の細胞を自分の肉体に変えてしまう驚きの寄生植物「バラノフォラ」