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呼吸や心臓の鼓動が停止し、瀕死の状態に陥った人々は、しばしば臨死体験をすることが知られています。
過去には稀な現象でしたが、1960年に心肺蘇生法が発明されて以降は、何百万人もの人々が心肺停止状態から生還し、次々に臨死体験を報告するようになっています。
興味深いことに、彼らの証言には高い類似点があり、多くの生還者はこれまでの人生で経験した全ての記憶や感情、出来事を思い出し、目覚めた後の生き方に大きな影響を与えたと述べています。
他にも幽体離脱のように体が浮き上がり、自分を取り囲む医師たちの様子をみたり、彼らの会話を理解して記憶したり自分から話しかけようとするなど、明らかに意識の産物と思える行いも報告されています。
ただ残念なことに「なぜ臨死体験には特定のパターンがあるのか?」という疑問は長い間、放置されてきました。
しかし近年の急速な脳科学の進歩により、人間の脳活動を読み取ってどんな脳回路が活性化しているかを調べることが可能になってきました。
また、観測した脳波やMRIのデータをAIに分析させることで、人間が頭に浮かべている言葉や風景、音楽を再現することがも実現しています。
そこで今回、ニューヨーク大学の研究者たちは25の病院と協力して、心停止した患者たちの頭部に脳波と血中酸素濃度の測定器を装着し、心肺蘇生法が試みられている間に脳で何が起こるかを調べてみました。
これまでの常識では、外部からの呼びかけに反応しないことを根拠に、心停止後はすぐに意識が失われると考えられていました。
しかし臨死体験のような意識的な体験が起きているならば、心停止後の意識について私たちは大きく見直す必要が出てくるでしょう。
心停止中(心肺蘇生中)の患者の脳内で何が起きているのか?
データを分析すると、調査期間となった3年間に567人が心停止に見舞われ、10%にあたる53人が蘇生に成功しました。
また生還者は心停止後、しばらく脳波がフラット(反応がない)な状態にありましたが20分、30分と心肺蘇生を根気強く続けていると、一部の患者では脳の電気活動が再開し、ある時点からは意識があるときと同じ正常な脳波が観測されるようになりました。
(※平均的な蘇生の試みは23~26分間続きました)
またあるケースでは、心停止から1時間にわたり粘り強く心肺蘇生法が行われ、奇跡的に患者が回復したことが判明します。
現在の米国の法律では心停止した状態が5分間続くと死亡したと認められ、臓器移植などが可能になります。
しかし十分な救命努力が行われれば、心停止から1時間後であっても脳波が復活して生き返る可能性があるようです。
この結果は心肺蘇生技術の進歩により、現在の死亡認定基準が大きな挑戦を受けていることを示しています。
また生還した53人のうち28人からインタビューを実施することも可能であり、40%近くが心停止中に何らかの知覚を経験した記憶を有し、20%からは典型的な「自分の人生を振り返る」臨死体験が起きていたことがわかりました。
さらに生還した患者たちの脳波を分析したところ、幻覚や妄想のときに観測されるパターンとは大きく異なっており、意識があるときの脳波と酷似していました。
この結果は、心停止後の臨死体験は、幻覚や妄想さらには夢のような無意識的な現象ではなく、明確な意識が関与した現象であることを示しています。
研究者たちも「思い出された死の体験は本物であると結論付けることができる」と述べています。
今回の研究では、臨死体験が起こるメカニズムについても興味深い仮説が立てられています。
私たちの脳には通常、脳内で起こるさまざまな活動が、意識に入り込まないようにするブレーキ機能が働いています。
脳内では感情、本能、記憶などを司る機能があり、常に活動しています。
しかしこれら全てを意識が認識していては、効率的に活動することができません。
歩行するときに足の筋肉の1本1本を意識する必要がないのと同じ利点と言えるでしょう。
一方、心停止して死に向かいつつある脳では最初にブレーキ機能が崩壊すると考えられています。
すると患者の意識に全ての記憶、全ての思考、全ての感情が流れ込むようになってしまい、結果として「人生の振り返り」や「圧倒的な感情」のような特殊な体験が起こると考えられます。
臨死体験ではしばしば、患者たちは医師たちの会話や周囲の声を認識し、記憶しているとする報告がされています。
そこで今回の研究では、脳波や酸素濃度を記録しつつ、ヘッドフォンを使って「リンゴ・バナナ・ナシ」の3つの果物の名前が心停止した患者の耳元で繰り返し流されました。
過去の研究では昏睡状態にある人の耳元で果物や都市の名前を囁き続けると、無意識のうちに学習が行われ、目覚めた後にその名前を覚えていることが示されています。
もし臨死体験中の患者が外部の音を認識して記憶できるのならば、生還後に3つの果物の名前を聞いた順で言うことができるはずです。
結果、インタビューができた28人中1人が果物の種類と順番を正しく述べられており、臨死体験中にも一部の患者は外部の音を認識していることが示されました。
また今回の研究は病院内に入院している患者が対称ですが、心停止から心肺蘇生がはじまるまでには、全て5分以上が経過していました。
伝統的な考えでは、脳は酸素不足が発生すると5~10分で死んでしまうと考えられています。
しかし研究では10%の患者が酸素不足の壁を乗り越え、生還することができました。
この結果から研究者たちは「私たちの脳は思ったよりも酸素不足に耐える能力があることを示している」と結論しています。
またこれまで心肺蘇生中には医師たちは患者の意識がなく聴覚が働いていないことを前提にしていました。
しかしこれからは、救いようのない患者に対しても「患者にはまだ声が聞こえる可能性がある」ということを認識し、サジを投げるような発言(※もう助からないぞ、など)は控え、逆に励ますほうがいいでしょう。
というのも、今回の研究とは別に126人の臨死体験を分析したところ、あらゆる生還者において「(臨死体験から)戻ってくる必要がある」という認識が一貫して存在していたからです。
もし医師の心無いセリフで「戻る意思」が失われてしまったとしたら、生還に何らかの影響が出るかもしれません。
一方、最後の別れをしに来た家族に対して、声だけは聞こえる可能性があることを告げるのは、大きな慰めになるかもしれません。
研究者たちは今後、臨死体験の仕組みをより詳細に解明していくとのこと。
もし臨死体験中の患者と脳波を介して会話できる方法が開発できれば、多くの人々が大切な人の言葉を聴けるかもしれません。
参考文献
New evidence indicates patients recall death experiences after cardiac arrest https://beta.elsevier.com/about/press-releases/new-evidence-indicates-patients-recall-death-experiences-after-cardiac元論文
AWAreness during REsuscitation –II: A multi-center study of consciousness and awareness in cardiac arrest https://www.resuscitationjournal.com/article/S0300-9572(23)00216-2/fulltext#%20