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サメは軟骨動物であるため、化石が歯や鱗しか残っておらず、それらを分析することで体長や生態などの推定が行われています。
アメリカ・デポール大学の島田健州氏らの研究グループは、メガロドンの楯鱗(じゅんりん、サメやエイなどで見られる歯に似た形状の鱗)の化石から、メガロドンの遊泳速度が遅かった可能性を指摘しました。
この論文はHistorical Biologyに2023年6月23日付けで掲載されています。
楯鱗は画像のように3つの小さな突起を持っており、この突起間の距離と遊泳速度には負の相関があると言われています。
突起間の距離が狭いほど遊泳時の水の抵抗を受けずに済み、速く泳げるというわけです。
メガロドンは巨大なサメですが、楯鱗の大きさに関しては他のサメとあまり変わりません。
このため、現代を生きるサメたちと同様、楯鱗の突起間の距離によって遊泳速度が推定できると考えられます。
メガロドンの楯鱗の突起間から遊泳速度を算出したところ、時速0.9~3.0kmとなり、高速で泳ぐサメではなかったことが明らかとなったのです。
メガロドンの体の大きさは10~20mと言われ、ジンベイザメと同程度ですが、ジンベイザメの平均遊泳速度は時速3.1kmと言われています。
水族館などのジンベイザメを思い描いてみると、それよりも遅い時速0.9~3.0kmで泳ぐメガロドンはかなりゆったり泳いでいたことがイメージできます。
しかし、この結果はメガロドンが大きいだけのノロマなサメだったということを示すものではありません。
メガロドンはジンベイザメのようにプランクトンなどの小さな生き物を食べていたわけではなく、クジラやイルカなどの大型海洋哺乳類を食べていたことは、それらの噛み跡の化石などからも証明されています。
イルカの泳ぐ速さは最大時速50kmにも及ぶとされていますから、メガロドンもそれくらいの速度で泳げなくてはなりません。
このため、メガロドンは獲物がいたら急加速して噛みつき、それ以外は体力を温存し気配を消すようにゆったりと泳いでいたのだと考えられています。
実際にメガロドンとほぼ同じ食性のホホジロザメも遊泳速度は4km/hですが、獲物を捕らえるときには50km/hくらいまで加速できます。
このように遊泳速度は遅くとも獲物を狩ることにおいては影響がなかったと考えられるメガロドンですが、一体なぜ絶滅してしまったのでしょうか?
映画の中では「実は絶滅していなかった」ことになっているメガロドンですが、絶滅していることはほぼ間違いありません。
メガロドンの化石もメガロドンの噛み跡が残った化石も260万年前より近代のものは発見されていないためです。
メガロドンは260万年前から始まった氷河期による水温の低下に適応できず絶滅したものと考えられます。
しかし、サメの中にはホホジロザメのように氷河期を生き抜くことができたものも少なくありません。
そんな中メガロドンが絶滅してしまったのは、その体温の高さが原因ではないかと言われています。
サメは魚と同様変温動物で、周りの水温によって体温が決まり、およそ15℃程度です。
しかし、メガロドンの体温は27℃前後であったことがわかっています。
巨大な体を持つメガロドンは、体内の代謝により周りの水温よりも10℃近く体温を高く保つことで泳ぐことができました。
代謝を高めるためには多くの肉類を食べる必要があったため、クジラなどの大型哺乳類を捕食していたのでしょう。
氷河期に入ると多くの生き物たちは温かい水を求めて低緯度帯に移動していきましたが、メガロドンは移動しませんでした。
メガロドンの餌であるクジラたちが恒温動物であり、冷たい水にも適応して高緯度帯に残ることができたためです。
メガロドンは下がった氷河期で水温の中で体温を保つためにより多くの食料を必要としましたが、クジラの数は変わらないので必然的に食料不足になりました。
水温が下がった状態で、代謝による体温上昇も望めなければ、当然泳ぐ速度もより遅くなったに違いありません。
さらに追い打ちをかけたのがメガロドンよりはるかに小さなホホジロザメの存在です。
メガロドンが生きていた頃のホホジロザメの化石を調べた結果、メガロドンと栄養レベルが同じだったことが明らかになりました。
つまりメガロドンとホホジロザメは同じ食料を取り合っていたのです。
ホホジロザメもメガロドンと同様、代謝によって体温を調節することができるため、冷たい水の中でも問題なく泳ぎ回ることができます。
さらにメガロドンと違って体が小さいため、その代謝に要するカロリーはメガロドンと比べるとほんのわずかです。
ホホジロザメはメガロドンよりも効率的に獲物を取りながら冷たい海の中を泳ぎ回り、次々と繁殖していきました。
ホホジロザメはメガロドンのように大きなクジラは食べられないものの、子どものクジラを襲って食べることは少なくありません。
その結果、メガロドンはますます食料が足りなくなり、絶滅に追い込まれたものと考えられます。
このように氷河期を乗り切れず絶滅してしまったメガロドンですが、もしも映画のように生き残っていたとしたら、人間と海の関係は大きく変わっていたかもしれません。
前述のとおり、メガロドンはその巨体で泳ぎ回るために代謝によって体温を高めています。
つまり、生きるために常に多くのカロリーを必要とするサメです。
メガロドンは高緯度帯に棲み、クジラなどを食べるサメですが、現代に生き残っていたとしたら、その貪欲な性質から食料を求めて活動範囲を広げていたかもしれません。
そして、今推察されているメガロドンの遊泳速度はあくまで冷たい水を前提としたもの。
低緯度帯の暖かい水の中ならホホジロザメよりはるかに俊敏に泳ぎ回れる可能性があります。
そうなればありとあらゆる海洋資源がメガロドンの餌食になり、人間にとっても海の大きな脅威となったかもしれません。
メガロドンがもしも絶滅せず、現代に生きていたら、人間は一切海に出られなかったかもしれませんね。
参考文献
Tiny scales reveal Megalodon was not as fast as believed, but mega-appetite explains gigantism https://resources.depaul.edu/newsroom/news/press-releases/Pages/megalodon-scales-2023.aspx Is Megalodon alive? How we know the biggest shark is extinct https://www.zmescience.com/feature-post/pieces/is-megalodon-alive-or-extinct/元論文
Tessellated calcified cartilage and placoid scales of the Neogene megatooth shark, Otodus megalodon (Lamniformes: Otodontidae), offer new insights into its biology and the evolution of regional endothermy and gigantism in the otodontid clade https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/08912963.2023.2211597 Endothermic physiology of extinct megatooth sharks https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2218153120