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アサガオなどの植物を種から育てたことがある人ならば、茎が上を目指すと同時に根は地下に伸びていく様子をみたことがあるかもしれません。
また理科の実験を覚えている人ならば、この「茎は上、根は下」というパターンが真っ暗な闇の中、つまり光がなくても正常に進むことを覚えているでしょう。
「そんなのあたりまえ」と思うかもしれませんが光に頼らず「茎は上、根は下」を植物たちが実行するには何らかの方法で重力を検知しなければなりません。
私たち動物の場合、三半規管にある「耳石」と呼ばれる粒子の動きを感覚毛が感知し、その情報が神経に送られることで上下や左右を認識します。
つまり私たちは物理的な粒子の動きを、感覚毛という仲介者を経て、神経を伝う電気信号に変えているのです。
しかし植物にはそもそも動物のような神経がなく、同じような方法で重力を知覚することはできません。
「植物たちはどうやって重力を感知しているのか?」
この不思議はダーウィン親子をはじめとして多くの研究者たちの興味を引いており、多くの研究が行われ、いくつかの興味深い事実が判明しました。
最も有名な仕組みは、上の図のような、化学物質の濃度的な偏りを使った仕組みです。
同じものを中学の理科や高校の生物の教科書でみたことがあるひとも多いでしょう。
発芽した植物を横倒しに設置すると、茎と根の部分の下側で特定の化学物質(オーキシン)の濃度が濃くなって「茎は上、根は下」のパターンで伸びるようになるのです。
この結果は、植物の上下への伸長は化学物質の濃度によって決められることを示しています。
また近年になってからは、植物にも動物たちの「耳石」に相当する「アミロプラスト」と呼ばれる粒子が存在することも明らかになってきました。
このアミロプラストは植物細胞のなかで糖やデンプンを溜め込む倉庫の役割をしています。
しかし茎の先端や根の先端など特殊な細胞(重力感受細胞)の内部に存在しているアミロプラストは倉庫とは全く異なる役割をしています。
重力感受細胞のアミロプラストは比重が高く、常に細胞の下側に沈むようになっており、植物を横倒しにしたり逆さにすると、新たな下側に向かって沈んでいきます。
細胞内部はドロドロしたゲル状の原形質や液胞によって満たされているため、アミロプラストは比較的容易に沈むことができます。
そのためアミロプラストは動物の耳石のように植物に重力の位置を教える鍵となる存在と考えられています。
つまりアミロプラストが重力に従って動くことが引き金となり、オーキシンのような化学物質の濃度の違いがうまれ、植物たちは「茎は上、根は下」のパターンで伸びることができるわけです。
しかしこの理論には1つ、致命的な弱点がありました。
アミロプラストが重力に従って転がる物理現象と、オーキシンの濃度差のような生化学的反応が発生する「つなぎ目」で、何が起きているかわかっていなかったのです。
たとえるなら、レバーを倒せば酸性液が中和するという仕組みがあったとすると、現在判明しているのはレバーと酸性液の中和という因果関係のみで、途中で何がどうなっているのかは全くわかっていないのと同じです。
そこで今回、基礎生物学研究所の研究者たちは以前から、つなぎ目部分で何が起きているかを調査してきました。
細胞内で粒子が転がるとなぜ重力を感知できるのか?
研究者たちは新しく粒子が転がった場所では何か新しい反応が起こると考え、周囲の細胞膜の様子を調べました。
するとアミロプラストが溜まっている下側の細胞膜には、LZYと呼ばれるタンパク質が集まっていることが判明します。
また植物を横倒しにしたり逆さにしてみたところ、まずアミロプラストが沈み、次いでLZYが元の場所から剥がれ、新たにアミロプラストが移動した場所に近い細胞膜に集まり始めることが明らかになりました。
この結果は、植物たちはアミロプラスト粒子が転がってきた場所に対してLZYタンパク質を使ってマーキングして「こっちが下側」としている可能性を示します。
次に研究者たちはアミロプラストの沈降が起こらない植物の変異体を作成しました。
するとこの変異体ではアミロプラストは重力方向に沈まずにLZYは細胞膜全体にランダムに分布していることがわかりました。
さらにこの変異体に対して光ピンセットを使って細胞内部のアミロプラストを特定の細胞膜(左側)まで引っ張ったところ、細胞膜の左側にLZYが集まってくることがわかりました。
この結果は、植物たちがLZYを使ったマーキングを細胞膜にするかどうかは、アミロプラスト粒子の位置が決めていることを示しています。
(※光ピンセットでは小さな物体の側面を光の圧力を使って圧迫することで、ピンセットのように物体を固定し、移動させることが可能です)
また追加の研究により、LZYの蓄積した細胞膜には植物の正しい伸長を促すオーキシンの制御を行うRLDと呼ばれるタンパク質が集まってくることがわかりました。
以上の結果から、植物たちの重力感知の第一歩は、動物の耳石と同じような粒子の運動から出発するもののそれ以降は動物と違って粒子が沈んだ近くの細胞膜にLZYタンパク質が蓄積し、新たな下側の決定が行われていたのです。
研究では、この新たな下方向の決定にかかる時間も図られました。
研究者たちが植物を135度と大きく回転させると、すぐにアミロプラストの落下がはじまります。
するとアミロプラストが離れた細胞膜からLZYが剥がれ落ちはじめ、15分後には新たなアミロプラストの落下場所に蓄積し始めました。
動物の重力感知はほぼリアルタイムで行われますが、植物の場合は多少のタイムラグがあるのでしょう。
研究者たちは今回の研究により、アミロプラスト粒子が転がった先にLZYタンパク質が蓄積されることが、植物の重力感知の実体であることがわかったと述べています。
近年の宇宙での実験により微小重力環境で育てられた植物は真っ直ぐ育つことができないことが判明しており、宇宙での農業生産において問題になると考えられています。
もし植物が重力を検知する方法が解明され、植物に重力があるように錯覚させる薬の開発や遺伝子改良を施すことができれば、宇宙ステーションでも植物たちをまっすぐに成長させられるかもしれません。
参考文献
植物が重力方向を感知する仕組みを解明 https://www.nibb.ac.jp/press/2023/08/11.html元論文
Cell polarity linked to gravity sensing is generated by LZY translocation from statoliths to the plasma membrane https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh9978