- 週間ランキング
これまでの研究により、次の3つのことが明らかになっています。
① サルもヒトと同じように「他者の報酬」を気にする
② 大脳皮質の「内側前頭前野(※)」に自己または他者の報酬の情報を処理する神経細胞がある
(※ 前頭葉の最前部に位置する脳領域で、左右の脳が接する内側部分。社会的な認知機能を担う領域のひとつ)
③ 脳幹に近い「視床下部外側野(※)」に報酬の相対的価値を処理する神経細胞がある
(※ 摂食に加えて睡眠や覚醒など、さまざまな生理機能の調節に関係する領域)
以上を踏まえると「内側前頭前野から視床下部外側野にいたる神経回路は、報酬の相対的価値の計算に深く関わっており、この回路を阻害すれば、サルは他者の報酬を気にしなくなるのではないか」との仮説が立てられます。
しかし、この神経回路が実際に「相対的価値」の認識に影響を与えて、サルの行動を変化させるかどうかは不明でした。
そこでチームは、実際に神経回路の活動を遮断することで、サルの行動に変化が見られるかどうかを検証しました。
まず、サルは報酬の価値をどのように評価して、行動に表すのでしょう?
チームによると、ジュース(報酬)を与えた際の「リッキング運動(ジュースを飲もうとする口の動き)」から、サルにとっての報酬の価値を測定できることが分かっているという。
例えば、自分自身の報酬が増えるほど、リッキング運動も多くなり、自己報酬の価値が高まります。
反対に、自分の報酬は変わらずに他者の報酬だけが増えると、リッキング運動は減って、自己報酬の価値が下がります。
これは他者の報酬が自己の報酬の価値評価に影響を及ぼす、つまり、「相対的価値」が計算されている事実を示すものです。
今回の実験では、2頭のニホンザルを対面させて、自己または他者の報酬確率を変化させながら、リッキング運動の回数を測定しました。
それと同時に、特殊な化学物質を使って、サルの内側前頭前野から視床下部外側野の活動を遮断します。
ここではDCZ(デスクロロクロザピン)と呼ばれる薬剤を投与し、標的とした神経回路の活動を一時的に止めるだけなので、脳の外科手術のような侵襲的方法ではありません。
そしてDCZを投与したサルは、他者の報酬だけが増えてもリッキング運動に変化がなくなることが分かったのです。
これは内側前頭前野から視床下部外側野にいたる神経回路が遮断されたことで、サルが他者の報酬を気にしなくなったことを意味します。
一方で、自己の報酬が増えても、投与前のサルと同じく、リッキング運動が増える傾向に変化はありませんでした。
この結果は、たとえ先の神経回路を遮断しても、自己の報酬に対する評価は変わらず行われることを示しています。
以上の点から「他者の報酬」が気になる脳活動は、内側前頭前野から視床下部外側野にいたる神経回路で行われていると結論されました。
この神経回路は私たちヒトにも存在し、同じように「他者の報酬」の情報処理に関係していると見られます。
研究チームは、今回の知見が「複雑な社会的感情の神経基盤の解明を進める」ことに期待しています。
参考文献
他者の報酬を気にしなくなるサル~他者の報酬情報を伝える神経回路が明らかに~ https://www.nips.ac.jp/release/2023/07/post_513.html元論文
Chemogenetic dissection of a prefrontal-hypothalamic circuit for socially subjective reward valuation in macaques https://www.nature.com/articles/s41467-023-40143-x