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人々の話し声、電話の着信音、車のクラクションなど、私たちの周りは雑多な音で溢れかえっています。
一方で、会話が途切れたときや神社へのお参りなど、沈黙に遭遇する瞬間も多々あります。
しかし、沈黙は音と同じように知覚されるものなのでしょうか?
一面では「沈黙は音がない状態なのだから知覚のしようがない」と考えられますし、もう一面では「沈黙が認識されている以上それは知覚されているのだ」とも考えられます。
研究主任の一人で心理・脳科学を専門とするチャズ・ファイアストン(Chaz Firestone)氏は、こう話します。
「この問題は何世紀もの間、主に哲学者たちによって議論されてきましたが、科学者による実験的研究はありませんでした。
そこで私たちは、脳が一般的な音を扱うように沈黙を処理するかどうかを問うことにしたのです。
もし沈黙に対しても音の知覚と同じような反応が起こるのであれば、それは私たちが文字どおり”沈黙を聞いている”証拠になるでしょう」
そこで研究チームは検証のため、音にまつわる錯覚実験を用いることにしました。
それは「ワン・イズ・モア錯覚(The One-is-More Illusion)」と呼ばれるものです。
「ワン・イズ・モア錯覚(The One-is-More Illusion)」を用いた実験とはどういったものなのでしょう?
これは、一つの長いビープ音と同じ長さのピープ音を二つに分けて聞いたとき、前者のほうが長く感じられる現象です。(下の音声ファイルを42秒から再生するとこの錯覚を体験することができます)
チームは、このビープ音を「沈黙」に替えて実験することを思いつきました。
「沈黙でも同じ錯覚が生じるのなら、脳は沈黙を音情報と同じように知覚・処理していることになる」と考えたのです。
言葉で説明しても分かりづらいので、実際に体感してもらう方が早いかもしれません。
※ 以下の動画では錯覚実験に用いたものと同じ音声サンプルが視聴できます。
動画の内容は次のようなものです。
今あなたはレストランの席に座り、雑多な騒音の中にいます。
その途中で、2つの短い沈黙(48秒あたり)と1つの沈黙(55秒あたり)が発生します。
さて、どちらの沈黙が長く感じるでしょうか?
これを約1000人の被験者を対象に実験したところ、沈黙の長さは同じにも関わらず、ほとんどの人が「1つの沈黙の方がずっと長く感じられる」と答えたのです。
実際聞いてみると皆さんも同じ感想を抱くのではないでしょうか?
この結果は、科学者がこれまで音の知覚でのみ発生すると思われていた錯覚が、沈黙に置き換えても生じることを示します。
つまり、私たちの脳は沈黙を音情報と同じように知覚・処理していると考えられるのです。
この結果を受けて同チームのイアン・フィリップス(Ian Phillips)氏は「この錯覚は音の聴覚処理に特有のものでしたが、沈黙によっても同じ結果が得られたことから、私たちは音の欠如も実際に耳にしていることが分かりました」と述べています。
また研究者らは「今回の発見は(沈黙のような刺激の)不在の知覚を研究する新たな方法を確立した」と話します。
チームは今後、人が実際の日常的な環境下で沈黙をどの程度聞いているのか、より具体的に調査していくとのことです。
それから聴覚の不在に加えて、視覚情報の消失や人がいなくなった不在についてもどれほど知覚しているのかを調査したいと述べています。
ちなみに、ジョン・ケージが作曲した『4分33秒』の実演映像がこちらです。
あなたにも沈黙の音楽が聞こえますか?
参考文献
The sound of silence? Researchers prove people hear it https://medicalxpress.com/news/2023-07-silence-people.html Do We Actually ‘Hear’ Silence? https://www.scientificamerican.com/article/do-we-actually-hear-silence/# We can literally hear the sound of silence, scientists say https://www.zmescience.com/medicine/mind-and-brain/sound-of-silence/元論文
The perception of silence https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2301463120