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寄生虫の感染の多くは、個体レベルで望ましくないのが普通です。
たとえばサナダムシに感染すれば、食べても栄養が横取りされてしまい、宿主となる人間は痩せていってしまいます。
ダイエット目的でサナダムシを飲む人も過去にはいましたが、近年では本来寄生すべき腸ではなく脳に寄生したり、幼虫が内臓で大繁殖して臓器を破壊したりと、命にかかわる症状が起こることがわかっています。
また蚊によって媒介される寄生虫「マラリア」は、特効薬であるキニーネが開発される以前は致死的な感染症として知られていました。
このように寄生虫の多くは宿主の健康を害し、一方的な利益を貪る内部からの捕食者となっています。
しかしヨーロッパに生息するアリ(T.nylanderi)に感染する寄生虫(A.brevis:条虫の一種)は驚くべきことに、アリ本人に多大な恩恵を与えてくれます。
通常の働きアリの場合、生涯働き通しで寿命は1年ほどとなっています。
しかし、この寄生虫に感染されたアリは寿命が3~7年に拡大し、巣に引き籠ってニート化を起こします。
また感染ニートアリは長寿化したことで常に体が若々しく薄色で、体を覆う外骨格も柔らかく柔軟になっており、見た目的にも特殊化していきます。
しかも驚くべきことに、感染していないアリたちは感染ニートアリを巣から追い出さないばかりか、女王を超えるVIP待遇をするようになり、絶え間なく食べ物を運び、体のお手入れを手伝い、徹底的に甘やかします。
多くの場合で寄生虫が宿主に利益を与えるのは、後で自分が食べるために太らせるのが目的です。
しかし寄生虫「A.brevis」は自分自身が宿主を食べるといったこともなく、ひたすら長寿と繁栄(VIP待遇)を感染アリにもたらしてくれます。
ではそんな寄生虫「A.brevis」はどこからやってくるのでしょうか?
その答えはアリたちの天敵「キツツキ」の糞にありました。
アリ(T.nylanderi)たちには栄養価の高いキツツキの糞を集めて巣に運び、幼虫たちのエサにする習慣があります。
このときキツツキの糞と一緒に寄生虫の卵がアリ幼虫の体内に入り込み、後の感染ニートアリとなります。
寄生虫「A.brevis」にとってアリは中間宿主に過ぎず、大人になって卵を産むのは最終宿主であるキツツキの体内に入って以降です。
つまり寄生虫「A.brevis」は「キツツキ」➔「キツツキの糞」➔「アリ」➔「キツツキ」というサイクルを繰り返し、生活していると言えるでしょう。
このサイクルを完了するには感染ニートアリがキツツキに食べられる必要があります。
もしキツツキの襲撃がなければ、感染ニートアリは長い寿命をずっと楽しめるでしょう。
しかし自然界はそう都合よくありません。
永遠に続くと思われ得た感染ニートアリの優雅な生活も、ついに終わる時が来ました。
感染ニートアリが属するアリ(T.nylanderi)たちは通常、木の幹や枝、どんぐりの中を巣にしているのですが、このような住処は天敵となるキツツキからの襲撃を受けやすい場所でもあります。
キツツキの襲撃を受けるとアリたちの住処である木が破壊され、容赦なく捕食されていきます。
このとき長寿を誇る感染ニートアリは、その特性全てが仇になります。
キツツキの襲撃が数年おきのレアイベントであっても、長生きの感染ニートアリはキツツキの襲撃に遭遇する確率が格段に高くなります。
そして「まるで狙ったかのように」感染ニートアリの体はキツツキにみつかりやすい薄色で、若々しく太っており、キツツキが食べやすいように外骨格が柔らかく、長年の引き籠り生活ゆえに満足に逃げれません。
つまり感染ニートアリはキツツキにとっての「極上のエサ」の要件を完璧に満たしています。
アリとしては準不老とも言える寿命を得て女王を超える超VIP待遇を受けてきた感染ニートアリの最後の役目は襲撃者に「食べられること」だったのです。
子供向けのおとぎ話にするにはブラックジョークが効き過ぎた結末と言えるかもしれません。
研究者の何人かは寄生虫とアリの関係を「悪魔との契約みたいだ」と感想を述べています。
しかし主人公「感染ニートアリ」が食べられた以降も話しは続きます。
感染ニートアリの死後、アリの体内にいた寄生虫はキツツキの体に入り込んで大人になり、寄生虫の卵をキツツキの糞にまぜて放出するようになります。
そして、アリたちはその糞を集めて幼虫に食べさせ、新たな感染ニートアリを作り出します。
感染ニートアリが如何にして誕生し、いかにして最後の役目を果たすかを調べた研究は2021年に『Royal Society Open Science』に発表され、大きな反響をうみました。
しかしこのときは寄生虫「A.brevis」が感染したアリにもたらす変化が確認されただけで、いったいどんな仕組みで寄生虫がアリを長寿化・ニート化・VIP化させていたかは不明のままでした。
そこで今回ヨハネス・グーテンベルク大学の研究者たちは感染ニートアリ生成の謎の解明に挑むことになりました。
寄生虫「A.brevis」はいったいどんな魔法を使ってアリの精神と体をあやつったのでしょうか?
いかにして寄生虫「A.brevis」はアリを長寿化・ニート化・VIP化したのか?
謎を探るべく研究者たちは普通のアリと感染ニートアリの血液(体液)を採取し、内部に含まれるタンパク質を分析することにしました。
すると263種のタンパク質が寄生虫から放出され、感染ニートアリの血液に含まれていることが判明。
その多くは機能不明なタンパク質であり、他のどんな生物にも存在しないものでした。
一方、機能が解読できたタンパク質の中で際立って多かったのが2種類の抗酸化タンパク質でした。
過去に行われた細胞レベルの研究では、抗酸化物質には細胞やDNAの劣化を遅くし、生物の寿命を延ばす効果があることが示されています。
また抗酸化物質にはアリの免疫反応を防ぐ効果もあることが知られていました。
そのため研究者たちは、この2種の抗酸化タンパク質は、寄生虫たちがアリの免疫システムを回避するのに加えて、寿命延長効果ももたらしている可能性があると結論します。
このタンパク質により寄生虫はアリの免疫システムから逃れつつアリの寿命を延長させ、キツツキに食べられる確率を高めていたようです。
ですが最も興味深かったのは「ヒドロゲニン様A」と呼ばれるアリ自身の生産するタンパク質の増加でした。
ヒドロゲニン様Aはアリたちの仕事内容やカーストの決定に関与するタンパク質として知られています。
寄生虫はアリの遺伝子に働きかけることで、ヒドロゲニン様Aの劇的な増加を起こし、感染ニートアリの身分を女王を超える超VIP待遇を受けれるように設定しなおしたと考えられます。
つまり寄生虫は自分の生産する抗酸化物質でアリの寿命を延ばし、アリの遺伝子を操作することでアリの社会的身分をあやつっていたのです。
そしてその全ては、アリの寿命のあるうちに最終宿主となるキツツキにアリに感染ニートアリを食べさせる為でした。
働きアリたちに長生きしたいとおもう欲求や働き甲斐を求める心があるかどうかは不明です。
しかし長寿とVIP待遇をもたらしてくれる寄生虫「A.brevis」は個体レベルで恩恵につながるのは間違いありません。
キツツキの襲撃によって命を落とすとしても、周りの働きアリに比べて遥かに恵まれた一生であったと言えるでしょう。
ただ感染ニートアリの存在は、コロニー全体にとって間違いなく負担となります。
感染ニートアリは「働かず食べる準不老の石潰し」であるだけでなく、女王よりも優先してVIP待遇を受けるため、女王のケアが疎かになりえます。
また感染ニートアリの存在には、コロニーの攻撃性を抑える効果があることが示されています。
余計な負担を抱え込んだせいか、寄生虫による制御が他の働きアリに及んだかは現時点では明らかではありません。
ですが攻撃性の減少は襲撃してきたキツツキを追い返す力を失わせることになるでしょう。
また正常な攻撃性の欠如は縄張り争いに不戦敗をもたらし、社会全体にとって損にもなります。
しかし寄生虫にとっては感染ニートアリを効率よくキツツキに食べさせることが全てであり、コロニーの繁栄はどうでもいいようです。
研究者たちは今後、発見された未知のタンパク質の機能を調べ、感染ニートアリに変化を及ぼす仕組みを1つずつ調べていくとのこと。
個体から搾取する従来型の寄生虫とは違い、寄生虫「A.brevis」は社会全体から搾取する極めて洗練された戦略を進化させました。
寄生虫から宿主の細胞に働きかける種を超えた細胞間制御が実現すれば、虫たちの高度な社会を人為的に操作できるようになるかもしれません。
参考文献
There’s a Parasite That Triples Ants’Lifespans… And It Actually Sounds Pretty Great https://www.sciencealert.com/theres-a-parasite-that-triples-ants-lifespans-and-it-actually-sounds-pretty-great元論文
Long live the host! Proteomic analysis reveals possible strategies for parasitic manipulation of its social host https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.12.23.521666v2.full