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菌糸レザーを産業に導入できれば、皮革を得るための動物の屠殺(とさつ)を大幅に減らせますし、また菌類は生分解性のバイオ素材であるため、環境にもやさしいと考えられています。
現に、世界に冠たるフランスの高級品メーカー・エルメス(HERMÈS)は、Mycoworks社を資金面で支援しており、2021年にはファイン・マイセリウムで作られた独自の菌糸レザーを用いたバッグ「ヴィクトリア」を発表しています。
このように菌糸レザーがファッション界で大きな注目を集め始めていますが、研究チームはここに菌類の力を活かした新たな機能を与えられるのではないかと考えました。
それが「自己修復」の能力です。
先に紹介した菌糸レザーは、菌類を完全に殺して製造されています。
しかし研究主任のエリス・エルサッカー(Elise Elsacker)氏は「製造条件を工夫すれば、菌糸が損傷しても自己修復する能力を維持できるのではないか」と思いつきました。
つまり、菌類の一部を生かした状態で菌糸レザーを作るというアイデアです。
この斬新なアプローチは、菌糸レザー市場に参入しようとしている研究者やデザイナーに新たなインスピレーションを与えるかもしれません。
研究チームはこのアイデアを実現するにあたり、まずタンパク質や炭水化物などの栄養素を豊富に含んだ溶液で菌糸を育てました。
このとき、溶液の温度と化学物質は、菌糸体を形成するのに十分ではあるが、菌類の一部を機能的に生かすこともできる程度に設定しています。
すると溶液の表面にゆっくりと菌糸体ができ上がり、これをすくい取って洗浄し乾燥させることで、薄くてややもろい革素材が得られました。
革素材として厚膜化した菌糸体は、基本的に休眠状態にありますが、栄養素などの条件が整えば復活して、再び菌糸を成長させることができると予想されます。
そこでチームは実験として、菌糸レザーに穴をあけて破れ目を模倣し、そこに菌糸を培養するのに使った溶液を数滴垂らしてみました。
その結果、穴があいた部分から菌糸が再生し、見事に破れ目が塞がったのです(上図)。
修復された箇所には傷のない部分と同等の質や強度が確認できましたが、裏面には修復跡がうっすら残っていました。
この点については改善の余地がありますが、将来的には、ファブリーズをかけるような形で専用の修復スプレーを噴霧しておけば、翌日には傷が塞がっているレザー製品が作れるかもしれません。
同チームのマーティン・デイド=ロバートソン(Martyn Dade-Robertson)氏は「この技術は概念実証にとどまらず、今後10年以内に商業化できる可能性がある」と話します。
ただしその前に菌革の強度をより強くすると共に、菌糸の再成長を制御する方法を明らかにしなければなりません。
「そうでなければ、雨の中を歩くだけで突然ジャケットが大きくなったり、キノコが飛び出してきたりするかもしれない」と言います。
勝手に変なポケットが増えていたり、袖が長くなったりするのは困りますから、もう少し準備期間が必要なようです。
参考文献
A vegan leather made of dormant fungi can repair itself https://www.sciencenews.org/article/vegan-leather-fungi-repair-mycelium Using mycelium to create a self-healing wearable leather-like material https://phys.org/news/2023-04-mycelium-self-healing-wearable-leather-like-material.html元論文
Fungal Engineered Living Materials: The Viability of Pure Mycelium Materials with Self-Healing Functionalities https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202301875