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私たちの体では日々新しい細胞がうまれると同時に、古くなった細胞が排除されていきます。
新しい細胞の元になるのは多能性を持った幹細胞と呼ばれる細胞であり、私たちの体を構成するさまざまな細胞の供給源となっています。
たとえば肝臓の幹細胞は肝臓の各種細胞の供給源となり、膵臓の幹細胞も膵臓にある多種多様な細胞の供給源となっています。
また幹細胞はほとんどの場合、自分の住処に引き籠った状態にあることが知られています。
さらに幹細胞から各種細胞への変化は特殊な例を除いておおむね一方通行であり、私たちの体の維持はいかに健康な幹細胞を持ち続けられるかにかかっていると言えます。
この事実をやや誇張して言えば、細胞の供給源となる幹細胞さえ老化から守ることができれば、私たちの体は永遠に若いままでいられることになります。
(※脳細胞は一部を除いて例外であり、置き換え補充ができず、死ぬまで同じ細胞を使い続けることになります。そのため脳細胞は他の臓器に比べて老化に対して耐性があると考えられています)
一方、これまで私たちの髪もまた、メラノサイト幹細胞と呼ばれる大本から元気な色素細胞が供給され続けることが色を維持するために重用だと考えられていました。
また他の臓器の幹細胞と各種細胞の関係と同じく、メラノサイト幹細胞から色素細胞への変化は一方通行であり、色素細胞からメラノサイト幹細胞への逆走(脱分化)は起こらないと考えられていました。
しかし今回、ニューヨーク大学の研究者たちが2年に渡りマウスで同じメラノサイト幹細胞を観察し続けた結果、常識を覆す事実が明らかになりました。
メラノサイト幹細胞は毛包が休眠状態にある時期は他の幹細胞と同じように、毛包のバルジと毛乳頭の周辺を住処にして不動の状態を保っています。
しかし毛髪の成長が始まるとメラノサイト幹細胞は毛包の下部に移動しつつ色素細胞へと変化し、毛の色付けに必要な色素を生産しはじめます。
しかし興味深いことに色素細胞にはこの過程を後戻りする能力があり、やや上側のバルジと呼ばれる部分に移動すると再びメラノサイト幹細胞に戻れる(脱分化できる)ことが発見されました。
また幹細胞に戻ったもののいくつかは再び毛乳頭にも移動し、メラノサイト幹細胞は再び元の位置に完全に戻ることができました。
さらにその後も観察を続けたところ、メラノサイト幹細胞と色素細胞のサイクルはマウスの寿命に相当する2年に渡り継続できることが判明しました。
この結果は、メラノサイト幹細胞が通常の幹細胞と違い、活発な移動性と分化先の細胞から逆戻りできる高い可逆性を持つことを示します。
これまで人間やマウスでさまざまな幹細胞が発見されてきましたが、住処から出て物理的に動き回ったり「周期的に幹細胞に逆戻りする」という性質は前代未聞と言えます。
次に研究者たちは、メラノサイト幹細胞の挙動が老化によってどんなダメージを受けるかを調べました。
(※具体的にはマウスの毛を強制的に何度も抜き、強制的に老化した状態に移行させました)
すると老化した毛包からは白髪が発生しやすくなっていることが判明します。
また白髪が発生した毛包をよく調べると、色素細胞から逆戻りしたメラノサイト幹細胞がバルジと呼ばれる部分で「引き籠り状態」になっていることが明らかになりました。
メラノサイト幹細胞から色素細胞になるためには住処から出て変身する必要がありましたが、老化した毛包ではメラノサイト幹細胞の移動性が失われ、十分な量が色素細胞になれなくなっていました。
色素細胞が不十分な場合、毛髪の色は薄くなり、結果的に白髪や灰色となってしまいます。
研究者たちによれば、同様の仕組みは人間にも存在する可能性が高いとのこと。
そのため引き籠り状態になったメラノサイト幹細胞を再び活発に動かせる効果のある薬をみつけることができれば、白髪の根本的な治療につながると期待されます。
おそらくそう遠くない未来、飲んで治す白髪薬が薬局に並ぶことになるかもしれません。
参考文献
Study Links ‘Stuck’ Stem Cells to Hair Turning Gray https://nyulangone.org/news/study-links-stuck-stem-cells-hair-turning-gray元論文
Dedifferentiation maintains melanocyte stem cells in a dynamic niche https://www.nature.com/articles/s41586-023-05960-6