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光エネルギーを利用する光合成能力の出現は、地球の生命にとって革命的な出来事でした。
それまで地球生命は主に海中に浮遊する栄養素を分解することで(ある意味で地球を食べて)エネルギーを得ていましたが、この方法は栄養源に限りがあり、生命の繁栄において足かせになっていました。
しかし35億年前に、分解済みの栄養源の残骸(二酸化炭素など)を再び栄養源に再構築する光合成能力を持った生物が出現したことで状況は劇的に変化。
以降、地球上の生命が利用する栄養源のほとんどは光合成生物の活動に依存するようになっていきました。
そのため中学の理科の教科書などでは、光合成が可能な生物は、生命を支える支柱となる独立栄養生物に分類される一方で、動物プランクトンや人間などの光合成生物の恩恵を得て生きている生物は、栄養的に従属した従属栄養生物であると記述されています。
しかし近年になって、光合成には従来型の光をエネルギー源にして二酸化炭素から栄養源を作るタイプの他に、光エネルギーを細胞のエネルギーに変換するだけのシンプルな第2のタイプが存在することが明らかになってきました。
この第2のタイプはクロロフィルや葉緑体などを使わず、人間の網膜に存在する「ロドプシン」と似た、光エネルギーで活性化する「バクテリオ ロドプシン」を使います。
(※バクテリオロドプシンのエネルギーの生産方法も、細胞膜のこちら側からあちら側に水素イオンを移動させて電荷の差を作るというシンプルなものとなっています。電荷の差によって電力が蓄えられ、細胞はそれを化学エネルギーに変換できます。なおバクテリオロドプシンを簡易化のためロドプシンとだけ表記する場合もあります)
また興味深いことに、バクテリオロドプシンの遺伝子は先祖から子孫へと生命の系統樹に従って受け継がれるとは言い難く、系統的に無関係にも思える複数の種に存在することが明らかになっています。
つまりバクテリオロドプシンの遺伝子は薬剤耐性遺伝子のように、種をまたいで水平伝播できる、共通の遺伝資産といえるものでもあったのです。
そこで今回、ジョージア工科大学の研究者たちはパンやビール、お酒作りなど人類にも馴染み深い酵母(S. cerevisiae)に、バクテリオロドプシンの遺伝子を組み込んで、光合成能力を獲得できるかを調べることにしました。
結果、驚くべきことに、酵母に光合成能力が付与されたことが確認されました。
というのも通常、生物の遺伝子は、他の遺伝子の働きの補助を受けることで初めて能力を発揮できるからです。
つまり組み込む遺伝子が能力を発揮するには、組み込まれる生物の遺伝子にもある程度の受け入れ態勢が必要となります。
一方、酵母はこれまでの進化のなかで一度もバクテリオロドプシンを獲得したことがなく、雑な組み込みで即、光合成能力を得られる可能性は僅かでした。
しかしバクテリオロドプシンの組み込みで酵母はあっさり光合成能力を獲得してしまい、即座に酵母にとって有益な効果を発揮し、光(特に植物にとって利用価値がない緑色)の条件で普通の酵母よりも優れた増殖力を発揮しました。
(※遺伝子の利己性の視点からみると、バクテリオロドプシン遺伝子は多種多様な生命を渡り歩くなかで、受け入れ態勢がなくても上手く機能するように進化したのかもしれません。自分を受け入れてくれた種が繁栄すれば、バクテリオロドプシン遺伝子にとっても都合がいいからです)
研究者たちは実験結果を受け、非光合成生物の光パワー化は思ったよりもハードルが低い可能性があると結論しました。
もし同様の手段で他の生物に光合成能力を与えられる場合、人間にとって有用な種の能力を光パワーで増強し、産業分野などの効率化にも役立つでしょう。
元論文
Using light for energy: examining the evolution of phototrophic metabolism through synthetic construction https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.12.06.519405v2.full