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筋肉を酷使すると乳酸などの老廃物が筋肉に蓄積し、筋肉痛を起こすことがあります。
脳も同様であり、激しい脳活動によって脳内に大量の老廃物が溜まってしまいます。
古い脳科学の本や怪しい自己啓発本にはよく「脳は唯一の疲れ知らずの臓器」と書かれていたりしますが、実際には使った分だけ脳も疲労し、放っておくと老廃物まみれになってしまいます。
しかし近年になるまで、脳がどのようにして老廃物を除去しているのか、その詳しい仕組みは謎に包まれていました。
というのも、脳に溜まった老廃物は血流に乗って脳から排出されると考えられていましたが、脳から出ていく血液を調べると、予想よりはるかに少ない老廃物しか含まれていませんでした。
そうなると脳内の老廃物は溜まる一方になりそうですが、実際調査を行うと睡眠をとった際に大幅に低下していることが判明します。
つまり脳は老廃物を血液に乗せる以外の手段で、睡眠時に脳の外に排出していると考えられるのです。
そのもう1つの手段が脳脊髄液でした。
脳脊髄液とは脳と脊髄を包むように存在する透明な液体であり、脳に浮力を与えて頭蓋骨内部で浮かせて保護する役割をしていると考えられています。
そして2019年に行われた研究によって、私たちが眠っているときにこの脳脊髄液に強力な波が発生し、脳の老廃物を洗い流していることが示されました。
古くから睡眠には脳の老廃物を洗い流す効果があると言われていましたが、脳脊髄液がその重要な役割の担い手だったのです。
また睡眠中に脳脊髄液に発生する波の正体を調べたところ、呼吸や鼓動のリズムではなく、深いノンレム睡眠時にあらわれる神経活動に同期して発生していることが示されました。
(※他にも2012年に発見されたglymphatic システムには脳の「リンパ系」に相当する機能を持っており、脳の老廃物を除去する「下水」の役割を果たしていることが示されました。長らく中枢神経にはリンパ系は存在していないと考えられていたのでこの発見は驚きでした)
一方、これまでの研究により、老化に伴う認知機能の低下やアルツハイマー病などでは脳脊髄液の流れの減少が報告されており、脳脊髄液の状態の改善によって、認知機能を改善できる可能性が指摘されていました。
そこで今回ボストン大学の研究者たちは、外部からの刺激を行うことで脳脊髄液の流れを発生させる方法を調べることにしました。
これまで脳脊髄液による脳のお掃除効果は主に睡眠中にしか起こらないと考えられていましたが、脳脊髄液の流れを起こすだけならば目覚めている間にも可能なはずです。
といっても人間をルーレット版に縛り付けて、無理矢理に脳脊髄液を循環させるわけではありません。
理論的にはそれも可能かもしれませんが、今回の研究では明滅する白黒のチェック柄(市松模様)を用いた視覚刺激が行われました。
これまでの研究により市松模様が脳活動を活性化し血流を促進することが知られていたからです。
もし活発な脳活動の後に多くの老廃物が残る場合、それを除去するために一時的な脳脊髄液の流入増加が起こる可能性がありました。
実際の調査にあたっては、被験者たちにMRIに入ってもらいながら、1時間に渡り目の前のディスプレイで市松模様と何も映っていない状態が16秒ごとに繰り返される様子を眺めてもらいました。
結果、視覚刺激が行われるとまず脳内の血流量が増加し、画面が暗くなると血流量の減少がみられ、代わりに脳脊髄液の流入が増加しました。
脳脊髄液の流入は睡眠時に比べてわずかであったものの、意図的に起こせることがわかったのは今回の研究がはじめてとなります。
ただ今回の研究は人間の被験者を対象にしたものであったために、脳を摘出して老廃物が本当に増えたり減ったりしているかどうかを確かめることはできませんでした。
しかし目覚めているときの視覚刺激が脳脊髄液の流入増加につながったという結果は、今後の医療研究において有望なものと言えるでしょう。
もしかしたら未来の世界では、認知症予防においてVR体験の有効性が明らかになるかもしれません。
参考文献
Fluid flow in the brain can be manipulated by sensory stimulation https://www.eurekalert.org/news-releases/983358元論文
Neural activity induced by sensory stimulation can drive large-scale cerebrospinal fluid flow during wakefulness in humans https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3002035