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通常、動物のオスの精子は交尾後の数時間〜数日内に著しく劣化し、受精能力も低下していきます。
そのため、女王アリの貯蔵能力は異例中の異例なのですが、それを可能にするメカニズムはほぼ何も分かっていませんでした。
これまでの研究で、受精嚢内には精子がギッチリ詰まっており、すべて不動化した状態で保存されていることが分かっています。
しかし精子はすべて死んでおらず、袋から取り出されると再び活発に動き出すのです。
これらは受精嚢内に精子の時を止める何らかの仕組みがあることを意味します。
また精子が動き回っていると、物理的な損傷や細胞に悪影響を及ぼす活性酸素を発生させるリスクがあります。
なので精子の不動化は、精子を長期間生存させるために必要なプロセスでもあるのです。
研究チームは不動化の仕組みを探るべく、受精嚢を詳しく調べたところ、袋の中はほぼ無酸素状態になっていることを突き止めました。
女王アリの体内の酸素濃度を調べると、腹部や背中の体液と比べて、受精嚢内は酸素濃度が著しく低いことが特定されています。
そこでチームは、人工的に無酸素状態の液体を作り、その中に女王アリから取り出した精子を注入。
すると精子が不動化したことから、受精嚢内の無酸素環境が不動化を引き起こしていることが確認されました。
精子は酸素がない状態では呼吸ができません。
つまり、運動するための十分なエネルギーが作れないので不動化するしかなかったのです。
チームは最後に、人工的に作り出した無酸素環境で、精子が長期間生存するかどうかを検証。
その結果、有酸素環境と比べて精子は高い生存率を保っていることが確認できました。
このことは、受精嚢内に作られたほぼ無酸素環境が、長期間の精子貯蔵を支える大きな要因になっていることを示します。
その一方で、無酸素環境では、有酸素環境よりも精子の生存率が高くなったものの、時間経過とともに生存率が低くなっていました。
これでは10年以上も精子を保存しておくことはできません。
つまり、無酸素環境の他に精子を長期生存させる要因があることを示唆します。
その点は今後の研究課題と残されますが、今回の新たな知見は医療分野に活かせる可能性があります。
たとえば、不妊治療の現場では今、ヒトの精子は液体窒素により凍結保存されるのが普通です。
しかし女王アリは液体窒素で冷凍せずとも常温で長期間精子を保存できます。
その貯蔵メカニズムを完全に解明できれば、近い将来、ヒトの精子も低エネルギーかつ高品質で保存できるようになるかもしれません。
参考文献
女王アリ精子貯蔵器官内のほぼ無酸素環境が、精子の静止と生死に関わる(PDF) https://www.konan-u.ac.jp/news/wp/wp-content/uploads/2023/03/public-relations-department-limited/20230301pressrelease.pdf 女王アリの精子貯蔵メカニズム https://www.konan-u.ac.jp/hp/aya-got/sperm_storage.html元論文
Near-anoxia induces immobilization and sustains viability of sperm stored in ant queens https://www.nature.com/articles/s41598-023-29705-7