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DNAデータおよび一緒に残されていた記録文書の綿密な調査から、このうち5つの髪束は「最後の7年間に採取されたベートーヴェン本人の毛髪と見てほぼ間違いない」と結論されました。
しかしこれはつまり、ベートーヴェンのものとされていた毛髪サンプルの内3つは、ベートーヴェン本人のものではなかったということです。
そして問題なのが、ベートーヴェンの毛髪ではないと断定されたサンプルの中に「鉛中毒説」の根拠となった髪束があったことです。
これは当時15歳の音楽家フェルディナント・ヒラー(1811〜1885)がベートーヴェンの髪から切り取った一部と伝えられていました。
ところが髪束を調べてみると、ベートーヴェンではなく、ユダヤ系の女性の毛髪であることが発覚したのです。
これを受けて同チームのウィリアム・メレディス(William Meredith)氏は「その髪束にもとづくこれまでの分析(つまり鉛中毒説)はベートーヴェンには一切当てはまらない」と話しました。
まずこれで鉛中毒による死亡説は消えたことになります。
ではベートーヴェンは死の直前にどんな健康状態にあったのでしょうか?
ベートーヴェンの毛髪のDNA分析を進めた結果、難聴や胃腸障害の決定的な証拠は見つかりませんでした。
ただ胃腸障害については、ゲノムデータにもとづき、セリアック病(腸粘膜の消化吸収に異常をきたす疾患)や乳糖不耐症(牛乳に含まれる乳糖が消化吸収できず下痢を起こす疾患)の可能性は非常に低いと判断されています。
また、しばしば指摘されている「過敏性腸症候群(IBS)」のリスクに関しても、ベートーヴェンは遺伝的にその疾患に罹患する確率が低かったことが示されています。
しかし最も重大な事実として、肝疾患にかかりやすい遺伝的な危険因子が多数発見されました。
そしてベートーヴェンは死の数カ月前から「B型肝炎」にかかっていた証拠が見つかったのです。
この病気はB型肝炎ウイルス(HBV)に感染することで発症する急性肝炎で、主な症状として嘔吐や腹痛、黄疸が挙げられます。
これらはベートーヴェンが患っていた一連の症状と合致するものです。
さらに研究主任のトリスタン・ベッグ(Tristan Begg)氏は「アルコールの過剰摂取によりB型肝炎の症状が悪化した可能性もある」と指摘します。
ベートーヴェンが大のワイン好きだったことは非常に有名です。
晩年には「昼食時に1リットル以上のワインを毎日飲んでいた」と言われています。
同時代人の証言では、彼の飲酒量は19世紀初めのウィーンの基準からすると普通だったと伝えられていますが、これらの資料には完全な一致がなく、「今日では肝臓に有害であるとされる量のアルコールを摂取していた可能性は高い」とベッグ氏は考えます。
以上の結果からチームは、すでに知られている病歴と、新たに判明した肝疾患の遺伝的リスク、そして彼の飲酒習慣を踏まえた上で、アルコールの多量な摂取がB型肝炎や持病を悪化させ、死期を早めたのかもしれないと結論しました。
ベッグ氏は「ベートーヴェンのゲノムデータを研究者に公開し、さらなる調査を進めることで、彼の健康状態に関する疑問のいくつかが解決されることに期待しています」と述べています。
参考文献
Beethoven’s DNA https://www.cam.ac.uk/stories/beethovens-dna-reveals-health-and-family-history-clues 1st ever analysis of Beethoven’s DNA sheds light on the mystery of his death https://www.livescience.com/1st-ever-analysis-of-beethovens-dna-sheds-light-on-the-mystery-of-his-death元論文
Genomic analyses of hair from Ludwig van Beethoven https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00181-1