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米ジョージア工科大学(GATech)の研究チームはこのほど、セミの仲間であるヨコバイ科の昆虫が、オシッコの液滴をカタパルト式で超速発射していることを発見しました。
しかも、オシッコの速度は「超推進力(superpropulsion)」を発揮することが判明しています。
超推進力とは、発射部の動きよりも発射された物体のスピードの方が速くなる現象をいう。
今のところ人工的な機械システムでしか実現しておらず、自然界の生き物で確認されたのは世界初です。
研究の詳細は、2023年2月28日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。
目次
研究主任のサアド・バムラ(Saad Bhamla)氏はある日、自宅の裏庭にいたヨコバイが見たこともない排尿をしているのに気付きました。
ヨコバイは体長数ミリ〜1.2センチ程の小さな虫で、農作物に病気を広げる悪名高い害虫としても有名です。
身の危険を感じると横にずれるようにすばやく移動することから、「ヨコバイ(横這い)」という和名が付けられました。
バムラ氏は、ヨコバイがお尻にほぼ完全な丸い液滴を作り出し、それを目にも止まらぬスピードで発射する姿を目撃したといいます。
しかもヨコバイはその行動を数時間にわたって何度も何度も繰り返したのです。
氏は「自分が見たものは些細なことではない」と直感し、ヨコバイの排尿メカニズムを詳しく調べることにしました。
チームはまず、ハイスピードカメラと顕微鏡を使って、ヨコバイのお尻で何が起こっているかをつぶさに観察。
すると、チームが「肛門スタイラス(anal stylus)」と呼ぶ、お尻の針状の突起(針状器官)が重要な役割を果たしていることが分かりました。
ヨコバイが排尿の体勢に入ると、ニュートラルな位置にあった針状器官が上方に開いてスペースを作り、オシッコの液滴を丸く絞り出します。
液滴は徐々に大きな球体になり、最適な直径に達すると、針状器官がさらに15度ほど後方に開いて、カタパルトのように液滴を押し出して発射するのです。
こちらが、ヨコバイの排尿の瞬間をハイスピードカメラで捉えた映像。
同チームのエリオ・チャリタ(Elio Challita)氏は「私たちはヨコバイがカタパルトのような機構を進化させ、高い加速度で繰り返しオシッコの液滴を飛ばせることを特定しました」と話します。
次にチームは、針状器官(発射部)とオシッコの液滴(発射体)の速度を計測し、液滴のスピードは押し出す針状器官の動きより1.4倍も速くなっていることを突き止めました。
具体的には針状器官の動きが毎秒0.23メートルだったのに対し、オシッコの弾丸は最大で毎秒0.32メートルに達したという。
このように、発射部の動きよりも発射体のスピードの方が速くなる現象を「超推進力(superpropulsion)」といいます。
超推進力はこれまで、人工的な機械システムでのみ確認されていたもので、自然界では初の事例です。
さらに観察を進めたところ、針状器官はオシッコを圧縮して、発射直前に液滴の表面張力によるエネルギーを蓄積していることが判明しました。
そして、液滴と針状器官の振動の周波数が同調したタイミングでオシッコの弾丸を発射しており、これにより超高速での発射が可能になっていたのです。
しかし、ヨコバイはたかがオシッコをするためだけに、なぜここまで高度なメカニズムを発達させたのでしょうか?
その理由はおそらく、ヨコバイの食事習慣にあると思われます。
ヨコバイは植物から取れる液体を主食にしていますが、この液体は95%が水分で栄養分がかなり少ないのです。
そこで必要な栄養分を摂取するためにほぼ一日中この液体を飲み続け、栄養のない水分はオシッコとして絶えず捨てなければなりません。
実際、ヨコバイは1日に自重の300倍ものオシッコをしているそうです。
(ちなみにヨコバイのオシッコは99%が水分で、老廃物がほぼない)
しょっちゅうオシッコをするのですから、なるべく排尿にかかるエネルギーを抑える必要があると予想されます。
ヨコバイの排尿の実際のスピードがこちら。
そこでチームは、マイクロCTスキャンを用いてヨコバイの体内の動きを調べ、その情報をもとに肛門からオシッコを飛ばすのにかかる圧力やエネルギー量を計算しました。
その結果、ヨコバイの排尿は、セミのようなジェット噴射型の排尿と比べて、1回に必要なエネルギーが4〜8倍も少ないことが分かったのです。
ヨコバイはセミ科の昆虫ですが、セミも同様に樹液を主食とするため、水分の多い食事によって頻繁に排尿をしています。
ただセミは体の構造的に膀胱の筋肉に力が入ると、自然にオシッコが排出されるようになっています。
そのため、飛び立つ瞬間などに無意識的にジョバッとオシッコが出てしまうのです。
セミ取りをしたことがある人なら、セミにオシッコを引っ掛けらた経験があると思いますが、その理由はこの排尿システムにあります。
しかしヨコバイはセミと比べて体が小さいため、なるべくオシッコにかかるエネルギーは抑えたかったのでしょう。そのためカタパルト式の排尿システムを進化させたと考えられます。
今回得られた知見は「ヨコバイをヒントにした工学的設計によるエネルギー効率の高いソフトロボットの開発に役立つ」と研究チームは考えています。
参考文献
Super-fast insect urination powered by the physics of superpropulsion元論文
Droplet superpropulsion in an energetically constrained insect