- 週間ランキング
ウイルスが私たちの体に感染するには、細胞の表面に取り付いてウイルスの遺伝子を細胞内に注入する必要があります。
一方、私たちの体はそれをさせまいと、ウイルス感染が起こりやすい気道や肺などの粘膜を粘液で保護しています。
粘膜上に展開されている粘液には、ウイルスを捕獲し細胞に到達することを防ぐ働きがあるからです。
しかし粘液による防御は完璧ではなく、特に空気が乾燥している時期は粘液による防御が薄くなり、しばしばウイルスが細胞に到達して感染を引き起こしてしまいます。
そこで今回ノースカロライナ大学の研究者たちは、粘膜の防御機能を増加させる吸入可能な粉末状粒子「SHEILD」を開発しました。
この粒子「SHELD」は食品にも使われているゼラチンとポリアクリル酸をベースにしており、気道や肺などの湿った場所に付着すると急激に膨張して粘膜上にゲル状の防壁を形成し、粘液がウイルスを捕らえる「粘着力」を増強する効果を発揮し粘膜の上にウイルスを捕らえるバリアを形成します。
既存のマスクがウイルスが鼻や口から体内に入り込むのを防ぐための防壁ならば、SHEILDは体内に入ったウイルスが、細胞に辿り着くのを防ぐ防壁となります。
効果の検証にあたっては、まずマウスに「SHEILD」を吸引させ、その後に各種のウイルスを使った感染実験が行われました。
(※マウスに感染させるウイルスは、インフルエンザウイルス、肺炎ウイルス、そして新型コロナウイルスを模倣する偽ウイルス粒子の3種となります)
すると「SHEILD」は吸引後4時間で各ウイルスの75%をブロックする効果を発揮していることが判明しました。
またサル(アフリカミドリサル)に対して新型コロナウイルスのオリジナル版とデルタ変異株を感染させる実験を行ったところ、「SHEILD」を吸引したサルは吸引しなかったサルに比べて、ウイルス量が50分の1から300分の1と大幅に減少しており、感染にともなう症状(肺の炎症や線維化など)もみられませんでした。
これらの結果は、吸引された「SHEILD」がウイルス感染を効果的に防いでいることを示しています。
一方、「SHEILD」が毒性を持つかを調べるために、培養中の細胞に高濃度(10mg/ml)の「SHEILD」を加えたところ、細胞の95%が健康な状態を維持していると判明。
また2週間にわたり毎日マウスに「SHEILD」を吸引させ続けても、正常な肺と呼吸機能を維持していることが示されました。
加えて吸入後の「SHEILD」の状態を追跡したところ、48時間後には生分解して体から完全に除去されていることが明らかになりました。
この結果は、「SHEILD」には毒性や呼吸を妨げる副作用がなく、使用後は体に吸収されて自然に分解・排出されていくことを示します。
研究者たちは、「SHEILD」は既存の物理的バリアや抗ウイルス化合物よりも使いやすく安全であり、運動中や飲食中、SEXの最中などマスクの着用が困難な状況において「見えないマスク」のように機能できると述べています。
さらに「SHEILD」の提供するバリア機能はウイルスに限らず、空気中のアレルギー物質や大気中の汚染物質など、肺に害を及ぼすあらゆるものからの保護に役立ちます。
もし吸引する粒子に特定の機能を持った追加の粒子(薬用成分など)を加えられるなら、医療への応用も実現するでしょう。
研究者たちは現在「SHEILD」について特許の申請中であり、近く人間での使用を求めてFDA(アメリカ食品医薬品局)への申請も行っていくとのこと。
もしかしたら未来の薬局には、既存の見えるマスクに加えて、吸入型の見えないマスクも一緒に販売されているかもしれません。
ただ、当然のことながら「SHEILD」については便宜上マスクと表現していますが、通常のマスクが持つ自身の飛沫の拡散を抑制する能力はありません。
「SHEILD」が完全にウイルス感染を防止できるものではない以上、感染時に自分がウイルスをばら撒いてしまうリスクを避けるためにも、感染症が流行する季節には、人混みでのマスク着用はエチケットとして維持する方が適切でしょう。
参考文献
Inhalable ‘SHIELD’ Protects Lungs Against COVID-19, Flu Viruses https://news.ncsu.edu/2023/02/inhalable-shield-protects-lungs-against-covid-19-flu-viruses/元論文
An inhaled bioadhesive hydrogel to shield non-human primates from SARS-CoV-2 infection https://www.nature.com/articles/s41563-023-01475-7