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英国のバーミンガム大学(University of Birmingham)とバンガー大学(Bangor University)で行われた研究によって、脳は熟練した動作にかんする記憶を、動作が行われる瞬間まで「順番」と「タイミング」で分離して保存していることが判明しました。
指や手足を動かす順番と動きのタイミングの統合をギリギリまで遅らせることで、予定とは違う状況に対応できるようにしていると考えられます。
研究者たちは、ジャズなど演奏内容が刻々と移り変わっていく状況でも上手く演奏できるのも、順番とタイミングの情報がユニット化されているからだと述べています。
研究内容の詳細は2023年2月1日に『The Journal of Neuroscience』にて掲載されました。
目次
ピアノやギターなどの楽器、ラジオ体操、格闘技の型、さらにはマッチの着火やペン回しに至るまで、熟練した動作を行うには指や手足の動きの「順番」と動かす「タイミング」の両方が重要になります。
ではこれらの「順序」と「タイミング」の情報は、脳のどこに保存され、どのように出力されるのでしょうか?
近年に至るまで私たちは、熟達した動きを行うための動きの「順序」と動きの「タイミング」は1つの情報として統合された状態で、脳内に記録されていると思っていました。
楽曲の演奏など複雑な動作ができるのは、順序とタイミングの両方が1まとまりのセットになって、体に染みついているからとする説です。
しかし、ここで何度もクリアした音ゲーのステージについてイメージしてみましょう。
もし、振ってくるノーツのタイミングは全く同じで、タイプする位置だけ変えられた場合、おそらく簡単に対応できる人は多いでしょう。
しかし、タイプする位置は同じでノーツの振ってくるタイミングだけめちゃくちゃにされたら、クリアが難しくなるのではないでしょうか?
脳が特定動作の「順番」と「タイミング」を本当に単一の情報としてまとめて記憶しているなら、この違いが発生する理由を説明できません。
つまり、動作の「順番」と「タイミング」は脳内で別々に保存されている可能性があるのです。
そこで今回、バーミンガム大学の研究者たちは、動作の「順番」と「タイミング」がどのように脳内で保存され、どのようにして統合されるかを詳しく調べることにしました。
もし「順番」と「タイミング」が別々に脳内に保存されているならば、順番をイメージしたときとタイミングをイメージするとき脳の別々の領域が活性化されるはずです。
そして実際、動作を実行したとき、分割されていた情報が統合され、脳活動に変化が生じると考えられます。
実験では、まず音楽のプロではない24人の被験者たちに、上の図のような楽器を模した装置を用いて、10種類程度の旋律パターンを記憶できるまで練習してもらいました。
そして練習が済むと、今度はMRIで脳の活動を測定しながら、記憶した旋律のいずれかを演奏してもらいました。
ただし、最初の実験では、演奏すべき旋律を指示した後、実際に演奏を行ってもらいましたが、次の実験では演奏すべき旋律を指示するだけで、実際の演奏はさせませんでした。
つまり動作を実行しているときと、動作をイメージしているだけのときの脳活動を測定し、その比較を行ったのです。
すると、動作をイメージしているだけのときは、「指の動きの順番」を制御する脳領域と「指の動きのタイミング」を制御する脳領域が別々に存在しており、両方が独立した活動パターンをもっていることが判明します。
そして実際に演奏したときは、この2つが統合され脳内の活動がより混沌とした状態に変化したのです。
この結果は、楽器などの練習済みの動作の「動きの順番」と「動きのタイミング」の情報は脳の異なる領域に異なる情報として独立して保存されており、動作の実行と同時に統合されることを示します。
また活性の強さを比較したところ、動作をイメージしているだけのときは「指の動きの順番」を制御する脳領域が特に強く活性化しており、動作を実行したときは「指の動きのタイミング」を制御する脳領域の活動が顕著になりました。
この動作の実行時はタイミングの脳領域が優位になるという事実が、さきほど例に上げた音ゲーで振ってくるノーツのタイミングだけめちゃくちゃにされた場合にクリアが難しくなる、という現象に繋がるのです。
ではなぜ脳は、動作の「順番」と「タイミング」を別々に保存するのでしょうか?
研究者たちは「動きの順番」と「動きのタイミング」の統合を動作実行のギリギリまで遅らせることで、不足の事態に柔軟に対応できるメリットが生まれると述べています。
これは動きを完璧に覚えたとしても、ただ同じ動作を繰り返すだけでなく、瞬時の判断でアドリブを効かせられるようになることを意味しています。
この仕組を高度に利用できる人は、順番とタイミングという情報を、瞬間的に自由に組み合わせて「どのように」動くかさまざまに定義可能になります。
ジャズ演奏では、タイミングをずらしたアドリブが特徴ですが、ジャズ奏者たちはその突然のアドリブに上手く対応して演奏を合わせることができます。
武術の達人たちも、決まった型を体に叩き込みますが、いざ実戦では状況に応じてその動きにアドリブを効かせて対応します。
格ゲーのプロたちも、複雑なコマンドをさまざまなタイミングで実行することができます。
熟練者ほど、この順番とタイミングの情報の統合をギリギリまで遅らせることができるため、瞬間的に適切な動作を実行することができるのです。
同様の仕組みは、タイピング・靴ひも結びなど日常的なさまざまな動作にかかわってくると考えられます。
海外の掲示板サイト「reddit」でも研究について
「音楽の先生が常に次を意識しろといっていたのは本当だった」
「順番の情報とタイミングの情報が分割保存されているのは理にかなっている」
「ギターのコード変更をする前に指の着地地点を意識すると演奏が良くなる」
「歌の先生は、「次に何が来るかを考え、今何が来るかを感じなさい」と言っていました」
「ピアノを弾くとき私の指は意識から離れ、その音がでる1~2秒前に何かをしている」
など実験結果に共感する声が多数書き込まれています。
研究者たちは動作の順序とタイミングの要素の理解が進めば、脳卒中後のリハビリのプログラムをより効率的なものに改善できると考えています。
参考文献
Brain ‘zips and unzips’ information to perform skilled tasks元論文
Cortical patterns shift from sequence feature separation during planning to integration during motor execution