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イラード氏は、インドネシア中部スラウェシ州に属するジャヤ・バクティ(Jaya Bakti)を訪問し、バジャウの人々と数カ月生活をともにして信頼を築き、仲を深めた後、本格的な調査を開始。
ポータブル超音波画像診断装置でバジャウ族の脾臓を撮影し、唾液検査キットでDNAサンプルを採取し分析しました。
またイラード氏は、バジャウ族と遺伝的に近いが、陸上生活者である近隣のサルアン(Saluan)族の人々からも同様のデータを集めています。
その結果、バジャウ族の人々の脾臓は、サルアン族に比べ平均して50%も大きいことが判明したのです。
しかも、バジャウ族の脾臓の肥大化は、日常的な潜水者だけでなく、潜水をしない人々でも確認されました。
つまり脾臓のサイズ変化は、潜水習慣による(個々の)可塑的反応ではなく、民族に共通の遺伝的な適応であると言えます。
さらにバジャウ族には、甲状腺ホルモンを制御する遺伝子「PDE10A」において多くの変異が発見されました。
この甲状腺ホルモンは、マウス研究で脾臓のサイズと関連することが分かっており、甲状腺ホルモンを少なくしたマウスでは脾臓が小さくなっています。
よってバジャウ族では、PDE10Aが甲状腺ホルモンのレベルを高めることで脾臓が大きく変化したと思われます。
ちなみに、PDE10Aの遺伝子変異はサルアン族では見られていません。
イラード氏は「バジャウ族は1000年以上も日常的に潜水を続けてきたことで、水中生活に特化した遺伝子が蓄積し、受け継がれるようになったのでしょう」と述べています。
しかし現在、バジャウ族の伝統的な生活スタイルは存亡の危機に直面しているという。
居住域での乱獲や大規模漁業の増加によって、持続的な漁が困難になっている上に、地上の社会から取り残されて、一般人と同じような権利を享受できずにいるのです。
その結果として、バジャウ族の多くが海から離れたり、若者が都会に移住するようになり、文化が衰退し始めています。
伝統的な海上生活を保護しない限り、バジャウ族はこのまま絶滅してしまうかもしれません。
参考文献
Genetic adaptations to diving discovered in humans for the first time
https://www.joh.cam.ac.uk/genetic-adaptations-diving-discovered-humans-first-time
‘Sea nomads’ evolved abnormally large spleens to dive to unheard-of depths
https://www.zmescience.com/science/biology/sea-nomad-people-big-spleen-042432/
元論文
Physiological and Genetic Adaptations to Diving in Sea Nomads(2018)
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(18)30386-6
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部