体が痒くなったとき、手足のない魚たち、それも体をこすりつける場所がないような遠洋にいる魚たちはどうしているのでしょうか?


実は驚くことに、彼らは恐ろしい捕食者であるサメを「孫の手」として利用することがあるのです。


西オーストラリア大学(UMA)による2022年の研究で、多くのマグロが体をサメに擦りつけて、自分を綺麗にしている様子を発見されています。


しかもマグロたちは互いに道具を貸し借りするかのように、順番を守ってサメに体を擦りつけていたのです。


私たちから見てマグロは美味しい魚なので、サメに近づくなんて危険な気がしてしまいますが、実際のところはどうなのでしょうか?


研究の詳細は2022年10月19日付の科学誌『PLoS ONE』に掲載されています。




目次



  • 魚たちにとってサメは「体を綺麗にする道具」だった!?
  • マグロたちは「規則正しく順番を守って」サメに体を擦りつける

魚たちにとってサメは「体を綺麗にする道具」だった!?


魚たちの「サメに体を擦りつける行動」は、以前からよく観察されていました。


小さな魚から大きな魚まで、時にはサメの捕食対象となる魚でさえ、体を擦りつけているのです。


その理由は、サメのヤスリのような肌にあると考えられています。


サメの皮膚は「皮歯(ひし)」と呼ばれる小さな歯のような鱗で覆われており、手をもたない魚たちが自分の体を「掻いて」寄生虫などを除去するのに役立つのです。


ニシレモンザメの皮を電子顕微鏡で拡大した写真/ Credit:Pascal Deynat(Wikipedia)_魚の鱗

寄生虫の存在は、自然界の動物たちにとって大きな生存リスクとなっています。


哺乳類の多くが毛づくろいという行動を取るのも、この寄生虫リスクを除去するために必要な行動です。


クマのような単独行動する動物では、木に身体を擦り付ける行動もよく見られます。


しかし遠洋にいる魚たちは、毛づくろいする手足もなく、体を擦り付けるような砂地や岩も周囲にありません。


そこで海の捕食者であるサメを、まるで「垢すりに使う軽石」「掃除道具のタワシ」のように利用しているのです。


仲間同士で擦り合えば良いようにも感じますが、同種で身体を擦り合うと、寄生虫を除去するよりも相手に移したり移されたりするリスクが高くなります。


また通常、魚の表面はツルツルしているため、鮫肌ほど異物除去に最適ではなく、サイズもサメの表面はちょうどいいという理由があるようです。


そのため、サメによる捕食リスクと寄生虫リスクを比較した場合、サメを利用して寄生虫を取り除くメリットの方が勝ることになるのでしょう。


とはいえサメが危険な捕食者であることに違いはなく、また遠洋の出来事であるため、これらの行動はあまり詳しく検証できていません。


そこで研究チームは「擦りつけ行動」に対する理解を深めるため、2012~2019年の間に世界中の36カ所で取得された数千時間にも及ぶ海中カメラの動画を分析することにしました。


その結果、魚の種類によって「サメの扱い方」にいくらか違いがあることを発見するのです。


マグロたちは「規則正しく順番を守って」サメに体を擦りつける


研究チームがすべての動画を分析した結果、マグロなどの大きな魚は小さい魚に比べて、体をサメに擦りつけることが多いと判明しました。


公開された映像では、巨大なマグロがサメの後ろから近づき、体を擦りつけてから去っていく様子が確認できます。


「マグロがサメに近づいて食べられないの?」と疑問に思った人もいるでしょうが、調査ではむしろマグロのような大きな魚の方がサメを積極的に利用していたようです。


マグロがサメの尾びれに体を擦りつける様子 / Credit:The University of Western Australia(YouTube)_Large pelagic fishes use sharks as scraping surfaces(2022)

その理由について研究者たちは、サメの捕食対象となる魚のサイズが自身の体長の36%以下であることがほとんどである点を指摘しています。


つまりマグロはサメにとって大きすぎる獲物なのです。


その証拠にカツオなどサメの体長の22%程度のサイズしかない魚は、サメへの擦りつけ行動があまり見られなかったといいます。


また「擦りつけ行動」は9割成功するものの、残りの1割程度は失敗に終わることも分かりました。


泳いでいるサメに体を擦りつける以上、タイミングがずれる場合もあるのでしょう。


魚類ごとの「擦りつけ成功率」、黄色は成功。青色は失敗/ Credit:Christopher D. H. Thompson(UMA)et al., PLoS ONE(2022)

その他に魚たちが、自分の体のどの部位をサメに擦りつけるか、という点にも特徴がありました。


すべての魚類で成功した93回の擦りつけのうち、魚たちは頭部や胸ビレを擦りつける割合が大きく、背ビレや尾ビレを擦りつける割合は小さかったのです。


この擦りつけの割合が大きい部位は、目や鼻孔、エラ、側線(魚が水圧や水流の変化を感じるための器官)など、寄生虫による影響が大きい場所でもあります。


このことは、擦りつけ行動が「寄生虫を除去するためである」という科学者たちの推測を支持するものとなりました。


マグロたちは順番を守って体を擦りつける/ Credit:The University of Western Australia(YouTube)_Large pelagic fishes use sharks as scraping surfaces(2022)

さらに魚類によってサメの扱い方にも違いがあると分かりました。


マグロは整然とサメの後ろに並び、順番を守って、1匹ずつ丁寧に自分の体をサメの尾ビレに擦りつける傾向がありました。


一方、ブリに似た大型魚ツムブリ(学名:Elagatis bipinnulata)」は、サメの後ろで群れをつくり、どんどん飛び出してはさまざまな角度からサメにぶつかっていく、というかなり乱暴な手法をとっていたのです。


ツムブリは群れで次々と乱暴に体をぶつけてくる。やめてあげて…/ Credit:Christopher D. H. Thompson(UMA)et al., PLoS ONE(2022)

どちらもサメを道具のように扱っていることには変わりないですが、マグロたちにはいくらか紳士的な姿勢が見られるようです。


また、この調査ではサメが他の魚に身体をぶつけられても全く無反応であることもはっきり示されました。


このサメの無関心ぶりも、サメがブラシ扱いされる原因になっているようだと研究者は報告しています。


研究チームは、これらの発見からサメの存在が魚たちの健康状態を高めているという考えに対する確信を強めました。


それゆえ、昨今特定の水域で問題となっている「サメの個体数の減少」が、魚たちにどのような影響を与えるのか知りたいと考えており、現在も調査を進めている最中です。


※この記事は2022年10月に掲載したものを再編集してお送りしています。



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参考文献

Large fish prefer using sharks for scraping
https://www.uwa.edu.au/news/Article/2022/October/Large-fish-prefer-using-sharks-for-scraping

How do fishes scratch their itches? It turns out sharks are involved
https://theconversation.com/how-do-fishes-scratch-their-itches-it-turns-out-sharks-are-involved-192512

元論文

Sharks are the preferred scraping surface for large pelagic fishes: Possible implications for parasite removal and fitness in a changing ocean
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0275458

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 マグロは痒いところをサメにこすりつけて解消していた!