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ネットでも最近良く耳にする「ポリコレ」という言葉は、正式には「ポリティカル・コレクトネス(political Correctness:政治的正しさ)」といい、もともとは左派の人々が政治的正当性にこだわる人を「皮肉る」ために使いはじめた言葉と言われています。
しかし現代のアメリカやヨーロッパ、日本など多様な価値観を尊重する社会において「ポリコレ」は、特定のグループに不快感や不利益を与えないための配慮を象徴するために用いられることが一般的となっています。
言論や思想の自由は法律の文面によって保障されるだけでは不十分であり、異なる価値観に対する積極的配慮を行うことが多元社会の維持に重要だと考えられるからです。
実際、以前に行われた研究でもポリコレを推進することは、多国籍で展開される企業などで、従業員の分裂を防いだり、従業員が特定の観点(民族主義や男尊女卑など)に縛られるのを防ぐためにも有用であることが報告されています。
しかし、ポリコレが配慮を求める対象は増加の一途を辿っており、人々に求められる「自己検閲」も多岐に及ぶようになってきました。
一方で、これまでポリコレが社会にもたらす利益について多くの研究がなされてきましたが、人間の脳機能や配偶者との関係など、私生活に及ぼす影響については、ほとんど調べられていませんでした。
そこで今回、テキサスA&M大学の研究者たちは職場など公的な場で実行されたポリコレ運動が、人間の脳機能や、職場から離れた私生活に与える影響を調べることにしました。
ポリコレは脳機能や私生活にどんな影響を与えるのか?
調査にあたってはまず、被験者を4つのグループにわけ、人種問題や性差別問題などに代表される「物議を醸す問題」について文章を書くように求めました。
ただグループには文章のスタンス(立場)が定められており、ポリコレを順守する文章を書かなければならないグループ、逆にポリコレに反した文章を作るように指示されたグループ、「単に礼儀正しい」文章を作るように指示されたグループ、「自由に書いていい」グループなどに別けられました。
文章を書き終わると次に被験者たちは認知テストを行ってもらいました。
認知テストでは「緑色で塗られた「黄」の文字」や「青色で塗られた「赤」の文字」など、塗られた色と実際の意味が異なるものが使用され、被験者たちは塗られた色あるいは文字の意味を素早く答えるように求められました。
ややこしいテストは混乱を誘うものですが、正解率や反応速度を調べることで、被験者たちの認知機能の高低を調べることが可能になります。
(※テストはストループタスクとして知られおり脳科学ではよく使われるものです)
結果ポリコレを強制されたグループでは他のグループと比べて、反応速度が低下しており、答えるまでにより長い時間を必要とする傾向にあることが判明しました。
研究者たちはこの結果からポリコレを強制されることは、人間の認知資源を枯渇させ集中力や注意力を低下させると結論しました。
しかしより深刻な影響は、私生活のほうに現れていました。
ポリコレは私生活にどんな影響を与えるのか?
研究者たちは疑問を調べるために、会社に勤めている96人の従業員とその配偶者を被験者として選びました。
調査期間中、従業員たちはその日の職場において自分がポリコレにどれだけ配慮できたかを答えてもらいます。
一方、配偶者たちには職場から家に帰ってきた従業員たちの状態について質問するアンケートに答えてもらいました。
結果、他人を重要視する傾向(他者志向)が強い人ほど自分がポリコレによく配慮できたと報告。
しかし配偶者の観察結果をあわせるとポリコレに配慮するほど被験者たちは「精神的な疲労」が大きくなっており、配偶者からみて「怒りっぽく」「内向的」に変化していると感じられる傾向にあることが判明しました。
同様の結果は別の社会人を対象にした調査でも判明しておりポリコレに配慮するために自分の言動を「自己検閲」した会話を行うと、認知資源が枯渇していたことが示されました。
これらの結果から研究者たちはポリコレに配慮した行いを職場でとることは、私生活の質を悪化させ、配偶者との関係を損なう可能性があると結論しています。
今回の研究によってポリコレへの配慮によって、脳機能の低下と配偶者との私生活が棄損される可能性が示されました。
会社などの経営者や部下を指揮する立場の人間にとってポリコレを奨励することは会社の利益につながる場合がある一方で、ポリコレ配慮を強制された従業員には認知機能の低下や私生活の質の悪化の懸念が発生します。
研究者たちは「私たちの活動はポリコレにかかわる因果関係をよりよく理解するための第一歩にすぎない」と述べています。
ポリコレがもたらす社会的利益にのみ目を向け、個人が被る不利益を無視しつづければ、社会に歪みが生じるでしょう。
歪みの蓄積が大地震を起こすように、たとえ正しいことでもその活動を広く長期に実現させるためには、多くの人に無理がないように実行する必要があるでしょう。
研究者たちは最後に「今回の研究目的はポリコレがもたらす利益を否定することや、中止を提言するものではなく、ポリコレの理解を進めることである」と述べています。
万人にとっての最善がないことを認め、より効果的な運用を目指すことは、決して理想からの後退ではないはずです。
※この記事は2022年7月公開のものを再掲載しています。
参考文献
Political correctness can lead to cognitive exhaustion, according to new research
https://www.psypost.org/2022/07/political-correctness-can-lead-to-cognitive-exhaustion-according-to-new-research-63539
元論文
Walking on eggshells: A self-control perspective on workplace political correctness.
https://doi.org/10.1037/apl0001025
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。