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一方で、空気が含むことのできる水蒸気の量には、限度があります。
空気中の水分にまだ余裕があれば、その分だけ水も多く蒸発できますが、空気の水分が限界に達していれば、水は蒸発できません。
たとえば、定員30人のラーメン店に、お客が5人しかいないなら、あと25人も入れますが、すでに25人いれば、残りは5人しか入れませんね。
これを乾球温度と湿球温度に置き換えると、「両者の温度差が大きい=水の蒸発量が多い=湿度が低い」となります。
反対に、「温度差が小さい=蒸発量が少ない=湿度が高い」となり、「温度差がない=まったく蒸発していない=湿度は100%」となります。
要するに、湿球温度とは、周囲の湿度を踏まえた上での温度を示すものです。
では、これをさらに人の体温に置き換えてみましょう。
夏場になると、私たちの体は汗をかくことで、水を蒸発させ(=熱を飛ばし)、体温を調節しています。
しかし、周囲の湿度が高ければ、汗による蒸発量も少なくなるので、体温を容易に下げることができません。
そして、本研究で「湿球温度の上限を調べる」とは、「湿度100%の状態で人が耐えうる温度を調べる」ことを意味します。
これまでの研究によると、湿球温度35℃が人体の耐えられる最高温度とされていました。
これは湿度100%のとき35℃まで、湿度50%のときは46℃まで人体は耐えられるということを意味します。
湿球温度35℃に長時間さらされると、熱中症や死亡にいたるリスクが高まります。
その一方で、この温度は、理論やモデリングに基づいた机上のデータであり、人体を用いた実際のデータではありませんでした。
そこでチームは、被験者を対象とした「湿球温度の上限」を調べる実験を行うことにしました。
本研究では、18歳から24歳の健康な被験者24名に協力してもらいました。
高温多湿の環境で死亡リスクが高いのは高齢者ですが、今回はまず、暑さに強い若者を対象とすることで、人体が耐えられる最大の湿球温度を調べることを目的としています。
実験に先立ち、被験者には、カプセルに封入された小型の無線遠隔測定装置を飲み込んでもらい、実験中の体幹温度を測定しました。
その後、被験者は、温度と湿度を自由に調整できる特殊な実験室に入り、トレッドミルやサイクリングマシンで軽い運動を行います。
そして、実験室の温度と湿度を徐々に変えて、被験者の体が体温を調節できなくなるポイントまで上昇させました。
その結果、人体が耐えられる湿球温度の上限は、湿度100%で30〜31℃と判明し、これまでの35℃より低いことがわかったのです。
研究主任のラリー・ケニー(Larry Kenney)は、次のように話します。
「この結果は、世界の湿度の高い地域では、湿球温度31℃を超えると、若くて健康な人でも、熱中症に注意すべきであることを示します。
また、今後の研究課題ではありますが、暑さに弱い高齢者では、この数値がもっと低くなると予想されます。
熱波の統計を見ると、熱波で死亡する人のほとんどは高齢者です。
気候が変化しているため、今後より多くの、そしてより深刻な熱波が発生するでしょう。
また、人口も増加の一途をたどっており、高齢者の数が増えています。
ですから、人体が耐えうる湿球温度を知ることは、高齢層の命を守るためにも、非常に重要なのです」
一方で、研究チームは、この結果について、「湿度の高い気候においてのみ意味があるもの」と注意を促します。
乾燥した場所では、発汗により体温調節ができるので、人体が耐えうる温度もまた変わってくるでしょう。
日本の気候は高温多湿のため、日本に暮らす私たちはこの情報に特に注意する必要があるかもしれません。
参考文献
Humans can’t endure temperatures and humidities as high as previously thought
https://www.psu.edu/news/research/story/humans-cant-endure-temperatures-and-humidities-high-previously-thought/
元論文
Validity and reliability of a protocol to establish human critical environmental limits (PSU HEAT Project)
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/japplphysiol.00736.2021
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部