- 週間ランキング
しかし奇妙なことに、アミロイドベータの蓄積を妨害したり分解したりするように設計された薬を投与しても、アルツハイマー病の進行を止めることはできませんでした。
原因を叩いているのに結果が変わらないのならば、考えられる理由は「技術的な問題」か「仮説そのものが間違っている」かのどちらかです。
そこで今回、ニューヨーク大学の研究者たちは、遺伝操作でアルツハイマーになるように運命づけられたマウスの脳細胞を詳細に観察し、アミロイドベータ蓄積の前に何か他の異変が起きていないかを確かめることにしました。
結果、マウスの脳細胞に、まるで花のような形をした異常な構造が出現していることを発見します。
花の正体はいったい何なのか?
謎を解明するため研究者たちは早速、マウスの脳細胞に咲く花の調査にとりかかりました。
すると花は老廃物を大量に溜め込んだ細胞の「ゴミ回収車(オートファゴソーム)」であることが判明します。
通常、ゴミ回収車(オートファゴソーム)が老廃物をある程度まで溜め込むと、内部に酸性液を含む分解屋(リソソーム)と結合して、内部の老廃物の分解処理が行われます。
しかしアルツハイマー病のマウスたちの場合、分解屋(リソソーム)内部の酸性度が低下しており、何個結合してもゴミ収集車(オートファゴソーム)内部の老廃物の分解ができなくなっていました。
花のようにみえる構造は、ゴミ回収車(オートファゴソーム)に分解屋(リソソーム)が無意味な融合を繰り返して肥大した、巨大な液胞だったのです。
そのため研究者たちは、アルツハイマー病になったマウスたちの脳では、脳細胞のゴミ処理システムが機能しなくなっていると考えました。
細胞のゴミ処理システムが麻痺した場合、細胞は機能不全に陥り、死に至ります。
研究では損傷が酷く死にかけている脳細胞では、巨大な花が核の周りに形成されている様子が示されています。
また肥大化した液胞の内部を調べると、毒性のあるアミロイドベータが徐々に蓄積されていることが判明しました。
つまり花はアミロイドベータの供給源にもなっていたのです。
研究者たちは、この奇妙な構造を「PANTHOS」と名付けています。
これはギリシア語で「花」を意味する「アントス(Anthos)」から作った造語で、「毒のある花」を意味しているようです。
(アントスは特に黄色いセキレイを指すと言われる。「PANTHOS」の読みはパントスになると思われるが、公式な日本語読みはまだ示されていない)
まとめると、アルツハイマー病では
・脳細胞内部の分解屋(リソソーム)の酸性度の喪失が先行して起こる
・酸性度の喪失が「毒の花」を形成させる
・最後に「毒の花」がアミロイドベータを蓄積させる
という経過を経ていた可能性が示されたのです。
今回の研究により、アルツハイマーを発症したマウスの脳細胞ではアミロイドベータの蓄積に先立ち、細胞のゴミ処理能力が失われていることが示されました。
追加の調査では、分解屋(リソソーム)が酸性度を失ってから最初のアミロイドベータが細胞外に沈着するまでの期間を調べたところ、なんと4カ月ものタイムラグがあることも判明します。
これらの結果は、アミロイドベータの蓄積よりも「かなり前」にアルツハイマー病による変化が始まっており、アミロイドベータの蓄積は真の原因ではなく、結果に過ぎない可能性を示します。
さらに研究者たちがアルツハイマー病で亡くなった人間の脳を調べてみたところ、マウスと同様の「毒の花」が存在していることが判明しました。
そのため研究者たちは、今後のアルツハイマー病の治療薬を開発する場合には、既存の薬のようにアミロイドベータの蓄積を防ぐのではなく、分解屋(リソソーム)の酸性度を回復させることに焦点を当てるべきであると結論しています。
※この記事は2022年6月公開のものを再編集しています。
参考文献
Evidence Mounts for Alternate Origins of Alzheimer’s Disease Plaques
https://nyulangone.org/news/evidence-mounts-alternate-origins-alzheimers-disease-plaques
元論文
Faulty autolysosome acidification in Alzheimer’s disease mouse models induces autophagic build-up of Aβ in neurons, yielding senile plaques
https://doi.org/10.1038/s41593-022-01084-8
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。