ボルボXC60の進化は驚くほど著しい。誰が見ても最新モデルである、と分かるほどの違いが新旧モデルの間にある。そんな最新のクルマで赴いたのは、日本の原風景が広がる美濃地方。初めてなのに懐かしく感じる、心のふるさとを訪れた。



TEXT●古川 裕(FURUKAWA Yutaka)

PHOTO●小林克好(KOBAYASHI Katsuyoshi)



※本稿は2017年10月発売の「ボルボXC60のすべて」に掲載された記事を転載したものです。車両の仕様が現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。

アイドリングストップも振動は最小限で快適性を確保

 結論から言おう。すこぶる快適で、疲れ知らずの2日間だった、と。付け加えると、たまにしか長距離運転をしない人間にとっても、である。



 ここ1年の間で、片道500㎞を超えるロングドライブへ出掛けたことが一度だけあった。ゴールデンウィークのど真ん中、2泊3日の行程で北陸地方へ。結果、身体のあちこちが痛んで、各地の温泉で疲れを癒したっけ……。そんなことを思い出しながら、初対面のボルボXC60に乗り込む。



 まず印象的だったのが、がっちりとドライバーを包み込むようなSUVらしい空間。センターコンソールが高く、分厚いドアパネルとともに堅牢なコクピット感を形成している。シートは身長180㎝超の筆者の背中も余裕で収めてくれて、居心地がいい。頼もしい相棒のおかげで、長い道のりへの不安は和らいできた。ボタンを押して始動というクルマが一般的である今日において、『ひねる』ことで始動するイグニッションスイッチも、旅立ちを迎えるテンションを盛り上げてくれる。



 朝、まずは同行するカメラマンを乗せて高速道路の入口へと向かう。今回の旅の相棒となる「T5」の2.0ℓエンジンにはアイドリングストップ機構が搭載されており、通勤時間帯で渋滞しがちな状況では、頻繁にエンジンが停止する。そして、ブレーキペダルから足を離すと再始動。この停止と始動時にガクンッ!と不快な振動を伴う車種も存在するが、XC60のそれは至極上品。ウトウトする助手席の同行者が、首をカクンッ!として不機嫌な顔で起きることはない。



 ちなみに、この段階での平均燃費は車載燃費計の数値で8〜9㎞ /ℓ。これは燃費スペシャルな「エコモード」ではなく、「コンフォートモード」での数値だ。車重が約2tのSUVとしては、悪くない数字だろう。



 関越自動車道の練馬インターチェンジに入ると、あとはひたすら高速道路を進んでいく。ここからは、全車速追従機能付きクルーズコントロールの出番だ。前車がいなくなると設定速度まで自動的に加速してくれるし、走行車線内前方に別のクルマが割り込んでくると自動的に減速してくれる。その加減速については、ほとんど人間が操作するのと変わらないレベルだ。2〜3年前のボルボ車に搭載されていたクルーズコントロールでは、加減速が急でちょっと怖い印象もあったが、もはやそんなことはない。



 結局、ジャンクションとサービスエリア以外でペダル操作をすることはほとんどなく、最初の目的地の最寄りである恵那ICに到着。宿泊地である郡上八幡へ向かう前に、まずは恵那市の観光スポットである日本大正村を目指す。国道257号線を通って約25㎞の道のりだが、恵那市街地を抜けると阿木川ダム湖のキラキラと輝く湖面が車窓に広がり、さらに進むとのどかな田園風景が広がる。このあたりは「農村景観日本一地区」と呼ばれるだけあって、本当にほっこりさせられる景色だ。



 最初の目的地まであと10㎞ちょっとというところで、「岩村城跡」の看板を見つけて急遽左折。気になる場所へフラッと立ち寄れるのは、クルマの旅ならではの醍醐味だ。城跡へ向かう途中にある岩村の街並みを通るのは、実は2度目。かつて城下町として栄えた町屋が軒を連ね、実際に人々が今も生活している。小高くなっている城跡方面から街道を眺めると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。電柱を地面に埋め込み、路面は無粋なねずみ色ではなく趣のある茶色に統一されていることで、街並みの雰囲気が一層引き立てられているのだろう。

かつて町役場として実際に使われていた建物は、日本大正村役場として休憩場所などに活用されている。入場は無料。

初代村長の記念館でもある大正ロマン館。展示室には、地元出身の画家である山本芳翠の油絵などが展示されている。

城下町として栄えた岩村の街並み。この道をさらに進むと、女城主にまつわる逸話が残る岩村城跡にたどり着く。

江戸時代の街並みから大正時代の街並みへ

 寄り道をして到着が遅くなってしまったが、お昼前に日本大正村へ辿り着けた。明知鉄道の終着駅である明智駅から徒歩圏内に位置する日本大正村だが、特に入口があるわけではない。街のあちこちに大正時代を感じさせる建造物があり、資料展示などもされおり、街歩きしながら気になった箇所をのぞいてみる、のが楽しみ方だ。先ほど立ち寄った岩村の江戸時代の街並みとは異なり、モダンな欧風テイストの建物が目を引く……かと思うと、庶民的な木造の町屋が軒を連ねている。



 そんな街中でXC60の撮影を行ったのだが、とにかく通路が狭い! 地元の人が運転する軽自動車はスイスイと走り抜けていくが、全幅1900㎜の車体だと、角を曲がるのも苦労を強いられる。と、ここで活躍したのが車両を真上から見下ろしたかのような画像を表示する「360度ビューカメラ」。目視では確認できない道端の石碑なども映してくれるので、狭い道でも安心して運転できる。使用頻度や使用したい状況を考えると、ワンタッチで起動できるスイッチがあると、なおありがたいのだが、本当に頼りになるデバイスだ。



 無事に撮影を終えると、いよいよ郡上八幡へ……向かう前に、美濃市へ向かうべくナビゲーションで目的地を設定。スマホ感覚で扱えるから、ほとんどの人が直感的に地図を操作できるだろう。もちろん、日本向けに最適化されているから、表示や操作方法に違和感はない。



 ナビに従い、瑞浪IC方面に向けて一般道を走って中央自動車道へ。東名高速に比べて起伏やコーナーが多い中央道だが、特にこのあたりは直線区間が少なく、高速道路としては比較的Rのきついコーナーが続く。ここで、ちょっと意地悪だが車線維持機能「パイロットアシスト」を使ってみた。コーナーで唐突に解除されることはなく、しっかりとステアリングをコントロールして車線を維持する機能は、実用性充分。もちろん、車速を上げ過ぎると物理的に曲がれない場合もあるだろうが、法定速度内であればほとんど問題なさそうだ。



 中央道から東海環状自動車道を進んでいると、「日本昭和村」の標識が見えた。大正の次は昭和か……と後ろ髪を引かれたが、撮影できる時間は限られている。泣く泣く(?)通過して東海北陸自動車道へ入り、美濃ICを下車して一般道で北上すると、「うだつの上がる街並み」という案内板が見えてきた。美濃の目の字通りに到着だ。



 江戸時代の建物という点では最初に訪れた岩村に近いが、ここの建物は1軒1軒が大きい。いわゆる豪商が、自らの富力や権力を誇示して造られた建物であることが、いま見ても感じ取れる。そして、この建物群の特徴は、なんといっても『うだつ』だ。「うだつの上がらない」の語源になったとも言われる『うだつ』とは、屋根の両端にある防火壁や小柱、装飾のこと。この『うだつ』を上げるためには、それなりの財力が必要であり、単なる防火という本来の目的とは別に、その意匠が重要な要素になっていったという。



 そんな豪商たちの見栄が詰まり、富が競われた街並みは、やはり煌びやかだ。外国人観光客にも人気のようで、平日の午後遅い時間帯にも関わらず、多くの人で賑わっている。



 しばらく街並みを散策した後で、すぐ近くを流れる長良川へ足をのばしてみた。現存する日本最古の近代吊橋である美濃橋、その近くにある船着場跡や石灯籠など、かつて交通の要衝として栄えた名残を眺めているうちに、夕日が眩しくなってきた。今日の撮影はこのくらいにして、宿へと向かうことにしよう。

「うだつの上がる街並み」を形成する各家のうだつは、それぞれに個性的。ほとんどの家が鬼瓦を備えており、多彩な装飾が施されている。

美濃市内に立ち並ぶ家々は、江戸時代から明治時代にかけてのもの。もうひとつの名物である美濃和紙のコンテストは、この街並みで行われる。

かつて上有知(こうずち)と呼ばれていた美濃町には、物資輸送の拠点として湊が開かれていた。船着場へ続く石段や石灯篭は、その名残だ。

鵜飼で有名な長良川のほとり。郡上市を水源としており、日本三大清流のひとつに数えられる河川で、いまも人々の生活に欠かせない。

美しい山城に見守られた踊りと水の町、郡上八幡

 東海北陸自動車道でさらに北上し、いくつかトンネルを抜けると、山頂にお城が見えた。本日の宿泊地である郡上市の象徴・郡上八幡城だ。「明日はあの城山に登ってみよう」そんなことを思いながら走っていると、市街地からやや離れた宿に到着。夕食後に郡上八幡ガイドマップを眺めながら、眠りについた。



 次の日は、朝から市街地へ向かう。『清流と名水の城下町』と謳われるだけあって、郡上八幡には長良川に降り注ぐ3つの川が流れ、街中には用水路が張り巡らされている。もし夏場に訪れれば、10m以上の高さの橋から飛び込む子供たちの姿を、目の当たりにすることになっていただろう。その豊かな水の流れと伝統的な街並みのコントラストが、とても美しい。



 もうひとつ、郡上八幡で有名なのが郡上踊りだ。33夜にわたって行われるということで、日本で最も長期間実施される盆踊りになる。期間は7月中旬から9月上旬まで。訪れたのが9月中旬ということで、残念ながら実施期間は過ぎていたものの、街中に吊るされた巨大な提灯が熱気の名残を感じさせてくれる。



 そんな街中にXC60を置いて撮影していると、通りがかりの地元のナイスミドルから「すごいクルマだねえ!」と声を掛けられた。自分も初めてXC60に相対したときに感じたことだが、単にカッコイイや新しいという言葉では表現しきれない存在感が、このクルマにはある。それが「すごいクルマ」という言葉になったのだろう。



 なんとなく誇らしげなオーナー気分を味わわせてもらいながら、最後に郡上八幡城を目指す。昨日高速道路上で見かけたときに、ずいぶん高い山の上に立っているんだなぁと感じたとおり、城への道のりは険しい。一方通行で細く急勾配が続く山道を、グイグイと登っていく。そうして辿り着いた郡上八幡城は、間近で見ると白壁が青空に映えて、一層凛々しい姿をしていた。現在の天守閣は昭和8年に再建されたものらしいが、「日本で最も美しい山城」と言われる造形は一見の価値がある。そしてなにより、城からの眺めが爽快だ。家々が密集し、それを包み込むかのように川が流れ山肌が迫るその眺めは、巨大な鮎にたとえられており、幻想的ですらある。



 見どころの尽きない街だが、今夜の会議に遅参しないためには、そろそろ帰らなければならない。最後の最後に昨日同様に高速道路上から郡上八幡城をおがみ、クルーズコントロールのスイッチをON! これで快適な復路は約束されたようなものだ。



 ところが、中央道に入ると前方でクルマが詰まっているのが目に入った。工事渋滞だ。憂鬱な気持ちになったが、XC60は渋滞の最後尾に近付くにつれて自動的に減速。止まるか止まらないかの微妙な速度を上手くコントロールし、ノロノロトロトロと動いてくれる。しかも、前走車との車間距離は、他車に割り込まれない間隔をキープ。まさにストレスフリーな渋滞だ。車両が完全停止するまで自動的に行ってくれるので、ドライバーがやることは再発進時にアクセルペダルを軽く踏む程度。発進までサポートしないのは、ドライバーにあえて仕事を残すことが安全性に繋がるという、ボルボの気配りだろう。



 そうこうしているうちに渋滞は解消されて、再びXC60が走り始める。富士山が大きく見えてくると、ほとんど帰ってきた気分になる。これだけ長時間運転をしていると、お尻がシートの前方へとズレていきバックミラーに天井が映っている……ということになりがちだ。しかし、旅も終盤だというのにお尻の位置は最初から変わっていない。シートの作りの良さが、こんなところからうかがい知ることができる。腰の痛みがないのも、そのおかげだろう。



 ということで、冒頭の繰り返しになるが、快適で疲れ知らずの2日間を過ごすことができた。グランドツーリングカーとしてのXC60の実力、相当にハイレベルである。

道中に見かけたローカル線の駅でのワンシーン。首を垂れ始めた稲穂の色が、収穫の季節の訪れを感じさせてくれる。

郡上八幡には多くの橋が架けられており、この 宮ケ瀬橋はそのひとつ。隣の新橋は子供たちが飛び込みを行う場所として有名だ。

郡上踊りの夜は、観光客も地元の人も関係なく、皆が踊る。士農工商の融和を目的とした江戸時代の精神が、いまも受け継がれている。

街のあちこちに水路が流れているのは、家屋が密集する場所ならではの火事対策でもある。湧き水も豊富だ。

クルーズコントロールの操作スイッチは、ステアリングの左側。パイロットアシストの有無もこのスイッチで選べる。

情報提供元:MotorFan
記事名:「 ボルボXC60は一泊二日1000km以上でこそ本領発揮! 東京から美濃国へ|SUVレビュー