11月6日は「お見合い記念日」でした。そんなのあるの?とちょっと驚きの記念日ですが、今から71年前の昭和22(1947)年のこの日、東京の多摩川河川敷で結婚相手を探す多数の男女が雑誌主催の「青空集団お見合い」に集結したことに由来するようです。その後このイベントの盛況を受けて全国で集団見合いが開催されるようになりました。ただ、いつ、誰がこの記念日を制定したのか、多くの記念日にありがちなのですが、不明です。


「集団お見合い」が戦後復興をもたらした!

多摩川河川敷に集まった集団見合いの参加者は386人と言われていますが、実際にはそれを遥かに上回る数万人の男女が集まっていた、という証言があります。それらの大量の人々はなぜ参加できなかったのか、詳しいことはわかりません。終戦から二年後。戦地や空襲で夫や妻を亡くした寡婦、寡夫はもちろん、新しい民主主義社会での自由恋愛の到来に浮き立つ男女にとってこのイベントは「親や家が結婚相手を決めるのではなく、自分の好みの異性を自由に(相手の意向はともかく)選んでいいのだ」という高揚感と熱気に満ち満ちていたようです。いわゆる堅苦しい「お見合い」というよりも、今で言う「婚活パーティー」の原型とでも言うようなもので、「お見合い記念日」という名称より「婚活記念日」というほうがふさわしいような気がします。
ところで、地域の顔役や世話好きの親戚の伯母さんや伯父さんが「お見合い写真」を手に適齢期の独身女性や独身男性のもとに「どうだね、会うだけ会ってみては」ともちかける、昭和時代のドラマなどでは定番の「お見合い」も、いかにも封建的な風習のように思われがちですが、実はそうでもなかったようです。見合い写真というものが、自分自身も知らないさまざまな家庭に出回って耳目に触れるということは、選択肢が増えることを意味するからです。そうでなければ配偶者探しは当人の狭い交友や職場環境に限られ、勢いそれは同レベルの階層同士の結婚を増やし、階層の固定化につながる側面もあるからです。さらに、ほとんどの場合は未熟な社会経験しかない若い男女の自由恋愛とは、その未熟な判断と拙い交際にまかせるある意味心もとないもので、成熟した年配者の見立てによるカップリングはより適切な条件の相手にめぐり合える可能性もあったわけです。
いずれにしても、多くの人が亡くなり、都市部の多くが焼け野原となった日本で、生き残った人々は生き物の本能・必然として「つがう」相手を求め、「集団見合い」は爆発的に全国各地で開催されるようになり、1947年は、戦後73年間の統計で、人口当たりの婚姻率で最高値を叩き出し、このときに結婚した大量のカップルによって第一次ベビーブームが起こり、今の高齢化社会が嘘のような若々しい国として、日本の爆発的戦後復興が始まったのです。
1960年代には、チャーター機による「集団ハネムーン」で、一便50組以上の新婚さんがハワイに新婚旅行に出かけたといいますから、何だかすさまじいパワーを感じます。ホテルや結婚式場、大きなレストランや国内の観光地なども結婚ビジネスで潤い、経済的効果も莫大なものだったようです。
しかしその後日本の婚姻率は下がり続け、毎年生涯未婚率は上がり続けています。また、それに伴い少子化も加速しています。未婚も少子化も、先進国ではどこでも生じていることで、生命のさしせまった危機が薄れ、高学歴化と娯楽が多くなった社会ではどこでも起きる問題です(ヨーロッパの一部で少子化が解消されたようなデータもありますが、実態は政情不安な国からの移民や難民のコミュニティでの出生率が全体を押し上げているのです)。


「一夫一妻」も時代とともに変化していく?

結婚制度と言うのは、現代の日本で生活していると一人の男性と一人の女性がカップルになる(一夫一婦制または一夫一妻制)ことと言うのが当たり前のように思われていますが、日本でこの制度が定着したのは明治も末ごろになってからで、実質100年程度の歴史しかありません。平安時代の婿通い婚や歌垣や夜這いなどに見られる乱婚、武家時代の嫁取り婚である一夫多妻制(ポリガミーpolygamy)の歴史をもつ日本では、近代化がはじまった明治以降も、明治3年に制定された「新律綱領」では妻と妾を同等の二親等とする蓄妾制は維持され、一夫多妻制でした。しかし、欧米文明を真似、やがて追いつくことを絶対方針としていた明治政府が、欧米のキリスト教教義に基づく「神によって結ばれた男女」という一夫一妻の価値観を無視することは不可能となり、戸籍法では明治19年に妾制度は姿を消し、さらに明治31年には民法によって一夫一婦制が確立することとなります。皇室もそれにあわせて側室を廃止、大正時代以降は一夫一婦主義をとるようになりました。こうして日本では一夫一妻制が当たり前となっていくのです。
ところが、日本が見習ったはずの欧米で、近年になると今度は男女カップルではなくともセクシャルマイノリティ(同性愛者や生まれの性への不和合を感じる者)にも婚姻制度を認めていくべき、という婚姻制度改革(拡大)が広がりつつあります。結婚制度は決して固定的なものではなく、流動していくものなのです。

おしどりカップルとは言いますが…

おしどりカップルとは言いますが…


「お見合いの時代」が再来する?

時代とともに変化していく結婚への価値観やお付き合い、出会いのかたち。
ほんの10年ほど前までは、「合コン」(合同コンパ)は男女の出会いの場として大いに盛り上がっていました。ところが近年の合コンの衰退は著しく、今の30代のおよそ半分、20代に至っては6割以上は合コンの経験が一度もないようです。
現代の「合同お見合い」であるいわゆる「婚活パーティー」も同様で、特に厳しい条件が課されがちな男性の婚活参加者が激減しているようです。戦後にあれほど活況を呈し、近年になってまた復活した「合同お見合い」もまた、消えていく運命なのでしょうか。
それに変わるように見直されつつあるのが、仲人・紹介人を介しての単独の正式なお見合いだといわれます。と言ってもかつてのように今の親世代には、年頃の息子や娘のお見合い写真を共有するネットワークは既にありませんから、プロのカウンセラーが仲介してマッチングを検討、カジュアルな場でのお見合いセッティングする、というもののよう。
時代は変化しているように見えて、同じことが繰り返されるものなのかもしれませんね。

参照
家の神 (鶴見俊輔/安達浩 淡交社)
厚生労働省/婚姻率・婚姻数の年次変化
「合コン」をしたことがない20代が6割を超える