公立大学法人首都大学東京

昆虫の武器サイズを決めるホルモンを発見
~オオツノコクヌストモドキの大アゴ発達を司るインスリン様ペプチド~

 栄養条件に応じて血糖値や代謝、細胞の成長や分裂を制御するインスリンやインスリン様成長因子と類似の構造を持つペプチドホルモン(インスリン様ペプチド、Insulin-like peptide、ILP)は、我々ヒトを含む脊椎動物ばかりでなく、昆虫をはじめとする無脊椎動物にも広く存在しており、脊椎動物と同様に成長や代謝の制御を行っていると考えられています。最近のゲノム研究から、昆虫は種ごとに様々なインスリン様ペプチド(ILP)を持ち、種によっては多種のインスリン様ペプチドを持っています(ハエの仲間では8種類、カイコでは40種類以上)。各インスリン様ペプチドは異なる役割を持つなど機能的に多様化していると考えられてきましたが、昆虫においてはインスリン様ペプチドの種類やアミノ酸配列が種ごとに多様であり、ハエやカイコなどのモデル生物以外での機能はほとんどわかっていません。
 首都大学東京理学部生命科学科の岡田泰和 准教授と岡山大学、カリフォルニア大学リバーサイド校、東京大学らの国際研究チームは、昆虫の“武器”に注目し、発達した大アゴで闘う甲虫「オオツノコクヌストモドキ」において、武器サイズの制御を行うホルモンとして、インスリン様ペプチドであるILP2を発見しました。
 研究チームは、遺伝子発現解析によって、オオツノコクヌストモドキが5種類のインスリン様ペプチドを持つことを見出しました(ILP1-5)。このうちの1つであるILP2の遺伝子は、終齢幼虫の末期(体内で武器の成長が起こる時期)に高栄養個体で貧栄養個体に比べて約4倍に発現が上昇していました。さらに、ILP2遺伝子の発現抑制を行うこと(RNAi法)でこのILP2の機能を阻害すると、羽化してきたオスの武器サイズは通常の半分以下になり、栄養条件に応じた大アゴの成長が消失しました。このことは、ILP2が体内の栄養条件と武器発達をつなぐメッセンジャーとしての機能を持つことを示しており、インスリン様ペプチドが武器の発達に特化した事例を初めて発見しました。
 本発見は、昆虫の成長を制御するインスリン様ペプチドの機能的多様化を示した重要な研究です。オス同士の闘争で使われる“武器”は、オオツノコクヌストモドキやクワガタの大アゴ、カブトムシの角、シュモクバエの眼柄など、体の一部の巨大化として系統的に何度も進化しており、ひときわ目を引く昆虫の形態的特徴です。こうした武器の進化をもたらした遺伝子の共通性や固有性は今後の興味深い課題です。本研究は昆虫の生態・形態の多様性を遺伝子レベルで紐解く上で重要な手がかりとなります。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201911253949-O1-55lj851c
図1 インスリン様ペプチド(ILP2)の遺伝子ノックダウン(KD)によってオオツノコクヌストモドキのオスの武器サイズが著しく減少

ポイント
1) 昆虫の“武器”(カブトムシの角など)のサイズを決める成長因子は、これまで不明でした。
2) 大アゴを武器として闘う甲虫、オオツノコクヌストモドキにおいて、武器サイズを決めるインスリン様ペプチドのILP2を発見しました。
3) インスリン様ペプチド2(ILP2)は幼虫の栄養条件に応じて生産され、このペプチドをコードする遺伝子の機能を抑制すると、オスの大アゴが半分以下のサイズになりました(図1、3)。
4) 本研究は昆虫の武器サイズを決める成長因子の初の特定であり、昆虫インスリンが機能的に多様化することで昆虫の形態的多様性がもたらされていることを示唆しています。

■本研究成果は、11月27日付け(米国時間)で、Public Library of Scienceが発行する科学誌PLOS Biologyに発表されました。本研究は、山田科学振興財団、JSPS科研費(新学術領域「進化制約方向性」18H04815,「個性創発脳」19H04913,18K0641700,海外特別研究員)、内藤記念海外研究留学助成金の助成を受けたものです。

研究内容
動物の中にはシカの角やクジャクの尾羽、カブトムシの角のようなオス同士の競争やメスによる選り好みによって進化した武器や装飾を持つものが数多く存在します。こうした武器や装飾は、体の一部を巨大化させ、ひときわ目を引く大きなサイズや派手な色を持つことから“誇張形質”とも呼ばれます。武器や装飾には、サイズに加えてもう一つ重要な特徴があります。それは大きな個体差(個体変異)があることです。大きな武器や装飾は繁殖相手の獲得に役立つため、大型の個体では極端に大きくなります。しかし、誇張形質は普段の生活では邪魔になり、維持エネルギーもかさみます。したがって、成長期に栄養条件が悪かった小型の個体は武器を極端に小さくし、うまく“節約”することで難局を乗り越えます。誇張形質とは対照的に、生存・繁殖に必須である翅や脚などの移動器官や生殖器官は、小型の個体であっても一定のサイズが確保されています。つまり、普段の生存や生殖そのものに必須の器官はサイズをほぼ一定にし、武器や装飾だけを大きくしたり小さくしたりすることで、環境に応じて繁殖戦術を切り替えています。武器や装飾の高い変異性は動物に広く共通する特徴であり(注1)、体の様々な器官と比較しても、誇張形質は非常に鋭敏に栄養条件に応答し、柔軟な発達をする器官であることが、多くの性選択の研究によって示されています。
 では、どのような仕組みで体の一部だけが巨大化し、高い栄養応答性を持つようになっているのでしょうか?このメカニズムの一つとして注目されてきたのが、インスリンやインスリン様成長因子(insulin-like growth factor, IGF)に代表されるインスリン様ペプチドです。インスリン様ペプチドは、栄養条件に応じて細胞の成長や分裂、血糖値や代謝の制御を行う100アミノ酸ほどのペプチドホルモンであり、アミノ酸配列は遺伝子にコードされています(注2)。インスリン様ペプチドを起点とするシグナル伝達経路(以下インスリン経路)は我々ヒトから昆虫などの節足動物まで、動物界で広く共通した(保存された)経路であり、動物全般に細胞の増殖・成長や代謝の制御を行うと考えられています。我々ヒトでは、インスリンは膵臓から、インスリン様成長因子は肝臓を中心に様々な組織で分泌されます。面白いことに、昆虫は種に応じて異なった種類のインスリン様ペプチドを持つことが、近年の比較ゲノム研究からわかってきました。例えば、ショウジョウバエの仲間では8種類、カイコでは40種類以上のインスリン様ペプチドが知られており、各ペプチドは異なる発生ステージや組織で働くなど機能的に“役割分担”をしている可能性が考えられています。しかし、昆虫においてはインスリン様ペプチドの種類やアミノ酸配列が種ごとに多様化しており、ハエやカイコなどのモデル生物以外での機能はほとんどわかっていません。我々は、特定のインスリン様ペプチドが武器の巨大化や高い栄養応答性を制御している、と考え、オオツノコクヌストモドキ(Gnatocerus cornutus)という武器を持つ甲虫を用いて、昆虫インスリンによる武器サイズの制御機構を調べました。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201911253949-O2-sW16lU4T
図2 オオツノコクヌストモドキ(Gnatocerus cornutus)のオス
左:高栄養で育った個体、右:低栄養で育った個体
オオツノコクヌストモドキは主に西日本以南に生息し、貯蔵穀物などに発生する体長5mmほどの甲虫です(注3)。オス同士がメスや縄張りを巡って激しく闘争するためオスの大アゴがよく発達しますが、オスの大アゴは幼虫期の栄養条件に応じて大きく発達度合いが変わります。研究チームは、高栄養区と貧栄養区を設け大型で武器が大きなオスと小型で武器が非常に小さいオスを実験的に作出し、まず、ゲノム解析(網羅的遺伝子発現解析)によって、オオツノコクヌストモドキが5種類のインスリン様ペプチドを持つことを見出しました(ILP1-5)。大小の個体間でこれらのインスリン様ペプチドをコードする遺伝子の発現量を調べたところ、このうちの1つ、 ILP2の遺伝子(mRNA)が、終齢幼虫の末期(体内で武器の成長が起こる時期)に高栄養個体で貧栄養個体に比べて約4倍に発現上昇していました。さらに、ILP2遺伝子の発現を実験的に抑制することでILP2の機能を阻害すると(RNAi法(注2))、羽化してきたオスの武器サイズは通常の半分以下になり、栄養条件に応じた大アゴの成長は消失しました。さらに、ILP2は幼虫の脂肪体(注4)(脊椎動物の肝臓に相当)という貯蔵・代謝の中枢組織で作られており、高栄養条件では、脂肪体でのILP2合成量が増加することも突き止めました。昆虫の幼虫は脂肪体にタンパク質や脂肪を貯蔵し、変態期に成虫の体作りに用います。したがって、脂肪体の発達度合い(=幼虫の太り具合)に応じて、成長因子であるILP2が合成されることは理にかなっています。以上のことから、ILP2は幼虫体内の栄養条件と武器発達をつなぐメッセンジャーとしての機能を持つと結論付けられます。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201911253949-O3-k91S77D0
図3 インスリン様ペプチド2(ILP2)の遺伝子ノックダウン(KD)
ILP2が抑制されると武器の体サイズ依存的成長が消失した。点は各個体、色はKDした遺伝子(ILP1-5)。ILP2以外のペプチドのKDは武器サイズに影響を与えなかった。対照区(通常個体)は影響のない二本鎖RNA(GFP)を注射したもの。

研究の意義と波及効果
 本研究は昆虫の武器の発達に特化したホルモンとして、インスリン様ペプチドを初めて特定したものです。これまで、インスリン経路は細胞の分裂や成長を制御する経路として種を超えて動物で広く共通していると考えられていました。しかし、本研究は、経路の最上流のホルモンであるインスリン様ペプチドは、昆虫では配列や機能が多様化しており、武器サイズの調節という特殊化した働きを持つものがあることを示しました。この知見はインスリン様ペプチドの多様性を解明する生理学的に重要な研究であるとともに、形態進化の道筋にも示唆を与えてくれます。オス同士の闘争で使われる“武器”は、オオツノコクヌストモドキやクワガタの大アゴ、カブトムシの角、シュモクバエの眼柄など、体の一部の巨大化として系統的に何度も進化してきました。武器を作る遺伝子の共通性や固有性は進化学的に興味深い課題であり、武器を持つ様々な種が同じタイプのインスリンを持つかどうかを調べていくことなどで、昆虫の生態・形態的多様性を遺伝子レベルで紐解く展開が期待できます。

用語解説
注1)武器や装飾のサイズが体サイズに応じて極端に変化することを「正の相対成長」(正のアロメトリ)といいます。シカの角やカブトムシの角など、動物で広く共通する形態変異のパターンですが、その発生メカニズムや遺伝基盤はよくわかっていません。一般に、誇張形質の変異は「代替繁殖戦術」と結びついています。小型で武器・装飾が小さな個体はその敏捷性を活かし、メスとこっそり交尾する「スニーキング」や、分散によってライバルのいないテリトリーやメスを見つけることで子孫を残しています。

注2)インスリン様ペプチド(ILP)はアミノ酸が100個ほどつながったペプチドホルモンであり、そのアミノ酸配列はDNA配列として遺伝子に直接コードされています。したがって、ILP遺伝子の転写量(mRNA)を調べることで、ペプチドの量が推定できます。また、ILPをコードする遺伝子の二本鎖RNA(double strand RNAc dsRNA)を幼虫に注射することで、そのペプチドの合成を実験的に阻害できます(RNA干渉法、RNAi法)。
本研究は、ILP2遺伝子のRNAiによるインスリン様ペプチド2の欠損下では、どのような体サイズでも武器が小さくなり、武器サイズ-体サイズの正のアロメトリが消失することを見出しました。

注3)穀物倉庫や製粉工場で見つかることがあります。実験室での大量飼育が可能で、オスの武器や闘争行動の有望な研究モデルです。世界的な貯穀害虫であるコクヌストモドキや餌として養殖販売されるミルワーム(チャイロコメノゴミムシダマシ)と近縁ですが、本種は野外では比較的稀です。工場で見つけた方は駆除する前にぜひご連絡、ご譲渡ください(野外系統を集めています)。

注4)脂肪体は昆虫の栄養貯蔵と代謝の中枢器官であり、脊椎動物の肝臓に相当します。ゴキブリを叩いてつぶしたときにでてくるあの白い組織です。完全変態昆虫のよく太った幼虫では体の大半を脂肪体が占めています。アカシカでは主に肝臓で分泌されるIGF1(インスリン様成長因子1)が角サイズを制御するといわれています。昆虫と脊椎動物の両者で、肝臓様器官がILP/IGF分泌による武器サイズ制御を行っていることは進化的に興味深い共通性です。

発表論文
A specific type of insulin-like peptide regulates the conditional growth of a beetle weapon
Yasukazu Okada, Masako Katsuki, Naoki Okamoto, Haruna Fujioka, Kensuke Okada
PLOS Biology (2019) 17(11): e3000541.
https://doi. org/10.1371/journal.pbio.3000541
どなたでも閲覧可能(オープンアクセス)です。

発表者
岡田泰和 (首都大学東京 理学部 生命科学科 准教授)
香月雅子 (東京大学 農学生命科学研究科 特別研究員RPD)
岡本直樹 (カリフォルニア大学リバーサイド校 Assistant Project Scientist)
藤岡春菜 (東京大学 総合文化研究科 大学院生, 首都大学東京 理学部 特別研究学生)
岡田賢祐 (岡山大学 環境生命科学研究科 助教)

情報提供元:PRワイヤー
記事名:「昆虫の武器サイズを決めるホルモンを発見