はじめに
普段見慣れた場所でも、時間や視点をちょっと変えて歩いてみることで違った景色を見ることができるかもしれません。そこで、女優で電線愛好家の石山蓮華さんが、「電線」に注目して朝の谷中・千駄木エリアをお散歩。普段なかなか注目することはないけれど、よく見るとさまざまな表情があるという電線の魅力を教えてもらいました。普段のお散歩がちょっと違って見える、電線の魅力
電線は見れば見るほど魅力的な被写体です。窓の外で雨の日も風の日も静かに佇み、寡黙に働く電線は積極的に語りかけてきたり、自分の魅力をアピールしたりすることはありません。だからこそ、こちらが能動的になって電線のいい角度を探り、いい表情を引き出す楽しみがあります。国内にある電柱は、3,500万本以上にもなります。電線は全国どこにでもあるにもかかわらず、見慣れた景色の一部としてつい見逃されてしまったり、景観の邪魔者として後ろ指を指されてしまうこともしばしばです。でも、電線にフォーカスを当てて歩いてみると、ご近所の見慣れた通りのお散歩も、普段と違ったものが見えてちょっとした旅行気分が味わえます。今回は坂と電線の多い谷中・千駄木エリアでお気に入りの“いい電線”を撮影しました。
電線を見て歩くときのポイントは?
※撮影中のみマスクを外しています電線を眺めているとあっという間に時間が経ってしまうので、暖かい服装で行くのが大切です。朝の気温は5度、寒がりの私は暖かい肌着と長袖シャツを着て、腰にはカイロを貼り、その上から薄手のニット、厚手のガンジーセーター、ダウンコート、さらには耳が冷えないよう帽子の代わりにスカーフで頭を覆いました。
ただ、電線を撮るのに熱中するあまり不審者になってしまわないよう、人家の近くや狭い路地ではさっと撮ってすぐに移動するのも大事なポイントです。電線はたくさんあるので、歩きながら粘りすぎずに楽しみましょう。ちなみに今回の小旅行、心のテーマ曲はKIRINJIの「日々是観光」でした。
電線は数学の問題? 千駄木・三崎坂で見つけた“いい電線”
▲ここから見ると、電柱とスカイツリーが向かい合っているようですこの日は朝6時半に起きて、7時から8時までの1時間で電線を見上げる旅に出ました。朝早くはまだあまり街に人がいないので、日中は人通りの多いエリアでもゆっくりと電線を愛でることができるのです。千駄木・三崎坂(さんさきざか)の途中で、電線とスカイツリーを一緒に眺められるスポットを発見しました。ここも日中は交通量の多いスポットですが、この時間は人が少なくのんびりとシャッターを切ることができました。
▲秋の口紅で流行る色のビルを借景すると、電線の黒が映えておしゃれな感じ
こちらも三崎坂の電線です。手前に見える電線と、後ろの建物の角をなんとなく合わせて撮ることを「電線借景」と呼んでいます。電線は、こちらの動く方向に合わせて線と線の接する点も動きます。電線の接点や建物の角度をよく眺めていると、子どもの頃に解いた算数の角度を求める問題を思い出してきませんか? 中学の数学の問題にはグラフや図形の上で動く「点P」が出てきますが、電線を見上げ続けていると図形の問題が現実世界にあらわれたような不思議さを感じることがあります。
私は算数も数学もさっぱりなので、問題の解き方は全くわかりません。数字を見るのも苦手なので、書店でアルバイトをしていた時はレジ締め当番の度に倒れそうになっていました。それでも電線同士の接する点が動いていくのを眺めるのは、楽しくて好きなのです。気になるビルと電線のセットを見つけたら、しっくり来る角度を探ってみてください。
ズーム機能を駆使してお気に入りの表情を撮影
▲シュッとしたアイドルグループの集合写真に見えなくもないカメラのズーム機能を使って、道を挟んだ向こう側の電線を撮ってみました。この日は曇りだったのですが、線と線のシルエットがはっきりとして、クールな表情と複雑な線の様子が際立って見えます。電柱から伸びる電線は縦横無尽に伸びているように見えますが、断線しないように「弛度(ちど)」という、ちょうどいいたるみの大きさが計算されて設置されているのです。
▲通りの上いっぱいに電線が伸びる景色は圧巻で、この一角が機織り機のように見えてきます
三崎坂からほど近くにある赤字坂は見通しが良く、坂の上から通りの電線を一望できるスポットです。ここでも強気のズームが大活躍します。ぐいっと寄ると電線同士の距離がぐっと詰まって、通りに電線の屋根がかかったように見えるのです。坂の上と坂の下で電線の見え方が変わってくるのも面白いですよ。
▲キラキラ輝く電線の美しさと言ったら!
散歩をしているうちに日が昇ってきて、電線に朝日が差しました。朝の電線はりっぱな絹糸のようにキラキラと光って、言うことない美しさです。早起きができなくとも、晴れていれば近所でも光る電線と出会うことができます。
他にもこんな電線たちに出会いました
▲洗濯用のピンチハンガーとくるくる渦を巻いた形のラッシングロッドがかわいい▲壁に塗り込められたアース線。壁と同じ色に塗られた電線のことを「光学迷彩」と名付けて呼んでいます
おわりに
普段通りの旅に出るのが難しい今も、時間と視点を変えるだけでちょっとした旅行気分が味わえます。電線小旅行はいつでもどこでもできる、とてもハードルの低い旅です。旅です、と言いつつ本当は散歩という言葉がしっくりきます。だからこそ、あえて早起きしてちょっとだけハードルを上げてみると、近所でも旅行に行く前のようなワクワク感が増します。見上げながら気になる電線を見つけたら、ぜひ写真に撮ってみてくださいね。◆石山蓮華
電線愛好家・文筆家・俳優。日本電線工業会「電線の日」コンテンツ監修、DVD『電線礼讃』プロデュース・出演。映画『思い出のマーニー』、純猥談『私たちの8年間は何だったんだろうね』、舞台『五反田怪団』、『遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-』など、2021年1月韓国現代戯曲リーディング公演『加害者探究 付録:謝罪文作成ガイド』に出演。「RollingStone Japan」「月刊電設資材」「電気新聞」「She is」などに連載・寄稿。