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これからは“生活観光”の時代。「松本十帖」開業の岩佐十良氏にインタビュー




はじめに


「里山十帖」や「箱根本箱」などライフスタイルホテルを手掛け、今年新たにエリアリノベーションプロジェクト「松本十帖」を進めている雑誌『自遊人』編集長・クリエイティブディレクターの岩佐十良さん。コロナの影響で遅れつつも、7月23日にはブックストア&ホテル「松本本箱」を含む一部がプレオープンしました。その開業秘話と、これからの旅行のあり方について、お話を伺いました。
コロナ禍で開業を迎えた『松本十帖』

コロナ禍で開業を迎えた『松本十帖』


――「松本十帖」開業の経緯を教えてください。

長野県の八十二銀行から話をもらって、2018年3月から「松本十帖 松本本箱」の前身である旅館「小柳」の営業を引き継ぎました。そこから半年ちょっと小柳のまま営業をしていたのですが、2019年からリニューアル計画をスタートしました。


――松本でプロジェクトを決意した理由は何だったのでしょうか?

松本という町と、浅間温泉の可能性に魅力を感じたからです。松本は、人口23万人という町としては決して大きくない規模でありながら、きわめて文化レベルが高い。もともと知っていたことですが、この話をいただいて頻繁に松本を訪れるたびにそれを感じるようになりました。

浅間温泉は開湯1300年以上もの古い歴史があって、日本書紀にも登場したり、5世紀には古墳があってかつて王族がいたことがわかったり。その後は信濃の国府が置かれ、信州の政治の中心となったわけです。不思議な土地の魅力を持った温泉地なんですね。ひと言でいうと、パワースポット。人を呼び寄せ、過去にいろいろな人達が集まってきた歴史があります。そこに自分も引き寄せられるようにして、浅間温泉に来たのかなと思っています。


――宿泊施設をブックホテル「松本本箱」のかたちにしたのはなぜでしょうか?

松本の特長である「3ガク都(学・楽・岳)」からなにを活かすか考えたときに、僕らは本を出版しているのでやっぱり「学」であろうと。今後は「楽」や「岳」にも取り組んでいきたいですが、まずは本とともに旅を体験する場所にしたかった。「箱根本箱」をベースにしながらも、また違ったブックホテルをつくろうということになりました。


――施設のひとつであるブックカフェ「哲学と甘いもの」には哲学書が集められていますね。なぜ「哲学」なのでしょう?

これからは、哲学の時代だと思っています。世界中の人達が、これからの人生、これからの人間の有様、どうやって生きていくのかを考える時代。経済発展の勢いがあればあるほど、AIやロボットやVRが進み、人間の必要性が問われる社会になっていくだろうと。特にこのコロナ禍でIoTが本格化して、よりそうなったと思いますね。

そのときに、人間を助けるものはなにかというと「学問」なんですが、それにも増して、どうやって生きていくかという「人生哲学」みたいなものが重要になってくるだろうと考えています。初めはホテルの中に哲学の本ばかりを置く空間をつくろうと思ったんですが、それだとただの“コーナー”になってしまうので。別館というかたちでブックカフェをつくりました。コンセプトは「人生を考えるカフェ」です。本屋にある哲学コーナーとは違って、わざわざ行って、哲学書を読みながら甘いものを食べる。基本的にはおしゃべり禁止で、静かに自分の人生を考えるための場所なんです。


――「哲学」はウィズコロナの時代にも合ったコンセプトですね。コロナといえば、感染予防としてなにか工夫した点はありますか?

細かくいろいろありますが、主に食事。予定していたビュッフェ形式での提供をやめました。ただ、好きなものを自分で選べるという楽しみは残すために、コースの中で、6種類から3品を選ぶという料理があったりします。朝食も、ビュッフェの予定から部屋食に変更しました。

「里山十帖」と「箱根本箱」では、朝食・夕食ともにお部屋で召し上がっていただくプランをつくりました。チェックインからチェックアウトまで、お部屋から一歩も出ないで済む完全プライベート対応です。ワーケーション利用も、最近増えてきていますね。
これからの時代、旅行・観光はどうなる?

これからの時代、旅行・観光はどうなる?


――コロナ禍で宿泊客に変化はありましたか?

魚沼にある「里山十帖」含め多くの施設が、7割ほど首都圏からお客様だったのが、今は逆転しています。近県からのお客様が6~7割を占めている状況ですね。東京からのお客様も、うちとしてはもちろんウェルカムなんですよ。どこから来られるかよりも、普段の生活に気をつけているかが重要で。宿泊予約の一番最後に「誓約」という項目があって、普段の感染予防対策や体調に関する質問事項に必ず回答いただきます。こちらをクリアすればまったく問題ありません。リスクはどこにでもありますから、来ていただけるお客様はみなさん歓迎です。ホテル自体はクラスターが発生しやすい場所ではありませんので、そこは安心していただきたいですね。


――今後、ホテルのあり方も変わってくる気がします。これからやっていきたいことなどありますか?

我々はもともと、ホテルを泊まる場所として捉えていません。いろいろな体験をしてもらう場所と考えているので、施設ごとにバリエーションを変えて運営しています。「里山十帖」、「箱根本箱」、「松本十帖」、どこを取ってもそれぞれコンセプトが違いますし、料理やサービスの雰囲気も異なる。これからも宿の可能性を考えながら、バリエーション豊かにさまざまな提案をしていきたいですね。

あと、全然違う話なんですが、学校をやりたいんですよね(笑)。学校教育をもう一度考え直す時代だと思っているので、特に「食」を中心に、自然科学や文化人類学、歴史などを総合した大学または学部をつくりたい。今、食について学ぶことができるのは専門学校だけで、しかも調理技術がメインですよね。そうではなく、その背景にある文化や歴史を学ばなければいけない時代なので、4年制の大学が必要だと思っています。美術や音楽には4年制の大学があるように、食も時間をかけて学ぶべきものなんです。最近よく言われている農業による地方活性化、地方創生はまずは大学をつくらないと成り立ちませんね。って、まだ大学のつくり方もわからないし、勝手な持論なんですけどね(笑)


――ぜひ実現してもらいたいです(笑)。最後に、旅行者側は今後どのように旅を楽しめばいいか、アドバイスがあればお願いします。

これからは「生活観光」の時代だと思っています。生活観光とは、その地域の日常の風景を楽しみに行くということ。自分の日常に取り入れられることを学びに行く、異文化の日常を見に行く、新しいものを感じに行く。これは初めにお話した「哲学」の話とも関わってきて、AI技術などが進んでいくと、なぜこんなことをしているのだろうかという問いがでてくるんです。例えば、地方の祭り。他の地域の人から見たら、生産性がなく無意味のように見えるでしょ(笑)。でも、実はその土地と文化を表していて、その祭りがなければ町が死ぬこともある。そのくらい最も意味があることなんです。祭りは日常の延長線上にあるものなので、それだけを見に行くのではなく、町のあり方や背景を見に行くことが重要になってくると思います。

ここ浅間温泉には、「共同浴場」といって地元の組合員しか入れない浴場が点在しています。今までの観光の考え方をすると、入れないと意味がないと思われてしまうんですが、これからの時代はそうじゃない。一般開放していないところがミソなんです。地元の人達が湯桶を抱えながら町を歩く姿を見ながら、湯町のあり方や住む人達の日常を考える。そうすると、旅はよりおもしろくなりますよ。人生を考える哲学と同じですね。

◆岩佐十良(いわさとおる)
株式会社自遊人 代表取締役。1967年東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学在学中に現・株式会社自遊人を創業。2000年ライフスタイル雑誌『自遊人』を創刊。2020年7月より「松本十帖」を順次オープン。


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