四周環海の日本列島。海に囲まれた我が国の国土防衛を考えた場合、その海を渡り侵攻してくる相手海軍勢力に対して、いかに対処するかが最大要点になる。接近・攻撃・上陸を企てる相手は洋上で撃破してしまい、早期に侵攻を食い止めるのがいい。つまり対艦ミサイルの出番だ。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
侵攻意図を持って日本領域内へ侵入、進んでくる相手がいるとする。そうした事態に、我が国の沿岸に接近しようとする上陸・侵攻艦船の撃破を目的として開発、配備されているのが「対艦誘導弾」と呼ばれる大型のミサイルだ。陸海空それぞれの自衛隊が保有運用している。そのなかで今回は陸上自衛隊が装備する地対艦誘導弾を中心に見てみる。
対艦誘導弾は技術研究本部(現在の防衛装備庁)で研究開発されたものだ。設計と開発は1970年代から始められ、80年にまず「80式空対艦誘導弾(ASM-1)」が完成、航空自衛隊に導入された。製造は三菱重工。
空自の80式はその後「93式空対艦誘導弾(ASM-2)」へ発展、80式の後継となり、射程距離の延長や目標検出能力、対電子妨害能力などの向上が図られた。ASM は「Air-to-Ship Missile」の頭文字をとった略語で、ASM-1、ASM-2とも現用装備だ。
これをベースに陸上自衛隊が運用するための地対艦誘導弾として開発されたのが「88式地対艦誘導弾(SSM-1、88SSM)」だ。扱う職種は特科、ミサイル専門部隊によって運用されている誘導弾システムである。
88SSMの研究と改良は引き続き行なわれ、のちに発展し、「12式地対艦誘導弾(12SSM)」を開発した。12SSMは名称どおり2012年に制式化、88SSMの後継機となっている。つまり現在の陸自には空自同様2モデルの地対艦誘導弾が配備されている。
88SSMは冷戦期に開発され北海道と東北の部隊に置かれて主にロシアを睨み、現在も同様だ。一方、2010年代に開発された12SSMは現在ホットゾーンとなっている九州・沖縄地方に置かれ、主に中国を警戒している。
ちなみに陸自のSSMは「Surface-to-Ship Missile」で地対艦誘導弾を指し、陸上勢力が洋上の相手艦艇などに向ける対艦ミサイルを示している。一方「Ship-to-Ship Missile」で艦対艦誘導弾を指し、海上自衛隊など海上勢力が艦艇などで運用する対艦ミサイルを示す。
陸自の地対艦誘導弾システムは次のような装置群で構成される。ミサイル発射機、射撃管制装置、指揮統制装置、捜索標定レーダー、中継装置、弾薬運搬車などだ。いくつもの装置とその搭載車両で構成されるのは以前紹介した中SAM(03式 中距離地対空誘導弾)の手法と同じだ。また、中継装置を介することでミサイル発射機と指揮統制装置などを遠隔分離(もしくは全体を分散)できる。これで装備を扱う部隊・隊員の生存性を確保することにもつながるわけだ。
ミサイルは88SSMの場合、その全長は約5m、胴体直径は約35㎝、重量は約660㎏にもなる大型弾体だ。誘導方式は慣性誘導+アクティブ・レーダー・ホーミング。ミサイルが搭載したレーダーを使って目標を捕捉・追跡する。推進方式は、発射直後には固体燃料ロケットモーターで飛び、次に小型ジェットエンジンでの飛翔に切り替える。
一般に対艦誘導弾は『足の長い』ミサイル、つまり長射程がウリだ。その射程距離は100~150㎞といわれている。陸自のSSMは当然だが陸上部から射撃する。それも内陸部奥深くからの射撃が可能だ。これは水際防御というより、長い槍をできるだけ遠くへ飛ばし、相手を我が国沿岸部の遥か向こうで撃ち抜こうとする使い方によるものだ。
ミサイルはその飛び方に特徴がある。射撃されると事前にプログラムされた飛翔を行なう。GPS情報などをもとに、発射後は山や谷の地形に沿って自動で内陸部を飛び続ける。その後、洋上に出ると低空飛行に移る。相手に探知されないよう、おそらく海面スレスレを飛ぶのだろう。そのまま目標まで接近し、最後には相手の手前で上昇する。高空から再度目標を探知し、そののち着弾する。最終段階では航空機でいう急降下のような姿勢で目標へ向かっていくのだろう。より高速で深い角度となることで迎撃もされにくいはずだ。
地対艦誘導弾は陸上に置かれるシステムだから、その捜索標定レーダーで見えるのは水平線までの範囲になる。水平線の向こう側にいる相手は発見できず、遠方で撃破といっても難しい。これは88SSMのことで、水平線以遠の目標は海上自衛隊の哨戒機が取得した索敵データをやり取りし、座標情報を照準・射撃情報としてミサイルに入力するようだ。意外とアナログな手法だと感じる。
発展モデルの12SSMは改良され目標情報を随時更新しながら進む能力の向上などが図られているという。また、12SSMの改良型も開発され、さらに今後はその能力向上型も開発される。空自や海自が運用する各々の対艦誘導弾と統合的に開発され、当然各々にフィードバックも行ない、新しいタイプの対艦誘導弾が開発されようとしている。それはステルス化された巡航ミサイル様のもので、技術開発が進めば目標のデータも衛星や早期警戒機、哨戒機やF-35A戦闘機などを経由して取得できるようになるのかもしれない。射程は千数百㎞まで延びると言われる。これは、九州の陸上部から射撃して尖閣諸島の近くまで届く飛翔距離ではないかと思う。
対艦誘導弾の発展ラインアップは多様で、海自艦艇が運用する90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)を改良し、最大射程の延伸や誘導精度の向上等が図られた新型艦対艦誘導弾の開発が完了、また、海自の哨戒機が運用する哨戒機用新型空対艦誘導弾を研究開発中だという。そして、陸自が運用予定とされる島嶼防衛用高速滑空弾というものも研究開発中だそうだ。上陸占拠中の相手に対して、離れた島から島嶼間射撃を行ない対処する。相手の対空火器による迎撃が困難な高高度の超音速滑空技術等を確立するための研究が行なわれているという。こうした「スタンド・オフ・ミサイル(遠距離攻撃兵器)」は今後の防衛力整備の要点となる。
陸自の地対艦誘導弾は現在、南西諸島への配備が進んでいるところだ。具体的には鹿児島県奄美大島の奄美駐屯地・瀬戸内分屯地や、沖縄県宮古島の宮古島駐屯地に整備された。加えて石垣島にも駐屯地の新設予定があり、用地の造成が始まっているという。さらにこれらの島々には対艦誘導弾に加え対空誘導弾がセットで置かれる。南西諸島全体の守りを高めている最中だ。
南西諸島とは、九州・鹿児島県南方の薩南諸島から沖縄県与那国島まで連なる島々を指す。島の連なりの途中、沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡、奄美大島と屋久島の間の吐噶喇(トカラ)海峡は、中国軍艦艇が太平洋へ進み出る航路として固めようとしている海域だ。これらの要所に対艦ミサイルを置き、抑止力と実効戦力を拡大する。南西諸島防衛については今夏8月発売予定で現在制作中の「自衛隊新戦力図鑑2021–2022」をお待ちください。