アメリカ車のパワートレーン設計にもっとも影響を与えるのは「消費者の好み」である。しかし、そのバックグラウンドには自国の排ガス測定モードと企業別燃費平均燃費規制・CAFEがある。このふたつを抜きに、現在のアメリカン・エンジンは語れない。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
*本記事は2011年3月に執筆したものです
エンジンの性能を決めるのは市場である。市場の要求以上のエンジンはなかなか生まれない。そのため、市場の選択に任せておくとエンジンはどんどん市場の「好み」に近くなる。「好み」が社会にとってプラスに作用すれば良いが、それはほとんど望めない。移動の自由を得る代わりに、相応の責任を認識してもらい、相応の負担をしてもらう。これが排ガス規制と燃費規制の「根元」である。
アメリカでの自動車排ガス規制と言えば、エドムンド・マスキー上院議員が70年に議会提出した有名な「マスキー法」がある。自動車からの有害物質排出を10分の1にする法案だったが、74年に廃案になった。しかし、その精神はカリフォルニア州のCARB(California Air Resource Board=大気保全局と和訳されるケースが多い)が引き継ぎ、カリフォルニア規制という全米でもっとも厳しい規制が生まれた。LA4モードはカリフォルニア規制のために生まれた排ガス測定試験モードである。
70年代初頭のアメリカは大排気量車が多かった。大都市の大気汚染は深刻だった。マスキー法は連邦規制にはならなかったものの、75年以降は連邦規制が強化されていき、それを受けて日本も自動車排ガス対策に乗り出す。昭和53年規制はマスキー法の精神を引き継いだものとして世界から評価された。しかし、排ガス測定モードが異なれば、たとえ排出物の規制値が同じでも比較はできない。日本は10モード、その改良版である10・15モードを選択し、アメリカは最終的にLA4モード/ハイウェイモードの組み合わせを選択した。さらに言えば、日本はJC08モードでやっとLA4モードに近付いた。それほど厳しい測定モードだったのである。
しかし、これはあくまで排ガス中の有害成分を規制するものであり、燃料消費を抑えることが目的の試験ではない。オイルショックを経験したアメリカでは「ガソリンがぶ呑みの自動車を何とかしなくてはならない」という議論が生まれ、これがCAFE(企業別平均燃費=Corporate Average Fuel Efficiency)制度の創設
につながった。自動車メーカーは、個々のモデルについてモード燃費を公表している。これにモデルごとの販売台数を掛け合わせ、その総合計を産出する。これがその自動車メーカーのCAFE値になる。そして、この数字がCAFE基準値を下回った場合は罰金を支払うことになる。実際、毎年相当数の自動車メーカーが罰金を支払っている。
CAFE基準値は議会で決定される。つまり議員の投票である。したがって、ロビー活動を行なえばCAFE基準値をある程度凍結できる。実際、90年から2010年までの長期間にわたって乗用車のCAFE基準値は動かなかった。2011年には21年ぶりに基準値が厳しくなった。そして12年、13年、14年と段階的に引き上げられることも決まっている(下の表を参照)。同様にピックアップトラック/SUV/ミニバンという、いわゆる軽量トラックもCAFE基準値が引き上げられる。
善意に解釈すれば、CAFE基準値の強化は実燃費の向上につながる。しかし、試験モードが公表されているのだから、受験対策を行なうことも出来る。日本の10・15モード、および「骨抜き」にされたJC08モードに比べるとLA4モードは「ピンポイント対策がやりにくい」と言われるが、対策がないわけではない。
もっとも、アメリカには政治力を持った消費者団体がいくつもあり、ピンポイントで対策したようなモデルが見破られる可能性がある。アメリカで販売されているモデルは、日本の場合よりも「燃費モードと実走行燃費のギャップ」は小さいと言える。この点はさすがである。制度を作り、その実効性を消費者やメディアが監視するという議会制民主主義社会ならではの姿勢がある。ちなみに日本で実施されたエコカー認定は、実走行燃費とはかけ離れた机上の空論に過ぎない「モード燃費」がベースであり、ピンポイントでの対策が横行している。これを続けると、リアルワールドでの燃料消費は一向に減らない。ここ数年の日本のガソリン消費量推移が、その現実を物語っているように思えてならない。