アウディは、先進性や安全性とともに、操縦安定性に一家言あるメーカーだ。だからであろう、アウディが先般、ステアリング技術用語を簡潔にまとめて発表した。全輪操舵(All Wheel Steering)のAからヨーモーメントYaw momentのYまで、アウディが重要であると考える用語を厳選して解説しているので、復習してみよう。
TEXT:川島礼二郎(KAWASHIMA Reijiro)
A
all wheel steering(全輪ステアリング)
通常のように前輪だけを操舵するのではなく、全輪ステアリングを備えた車両は後輪も操舵できる。そのためリアアクスルステアリングと呼ばれることもある。低速では、後輪は前輪とは逆方向に最大5度転舵する。これにより回転半径が大幅に減少し、扱いやすさが向上する。高速では後輪が前輪と同じ方向に最大2度転舵するため、ドライバーは快適性と安定性をより実感できる。曲がるための信号は、リアサスペンションのアクチュエーターとサスペンションアームに電気的に伝達される。フロントアクスルのスーパーインポーズ(多重)ギアリングを使用してステアリングレシオを変更できるダイナミックオールホイールステアリングは、このシステムの拡張版である。
D
dynamic steering(ダイナミックステアリング)
ダイナミックステアリングは、走行速度、ステアリング角度、およびアウディのドライブセレクトダイナミックハンドリングシステムで選択されたモードに応じて、その実装の度合いを最大100%変化させる。中心的なコンポーネントは、ステアリングコラムのスーパーインポーズギアである。一般的なステアリングコラムを備えた車両と同じように、ドライバーのステアリング操作をダイレクトに伝える。また、フロントアクスルのステアリングギアへの直接の機械的リンクと、ホイールに掛かる力へのフィードバックも行う。
スーパーインポーズギアリングが電気モーターにより制御されると、ステアリング角度が増減し、運転状況に応じてステアリングレシオが常に調整される。これにより速度や走行状況に応じてステアリングの快適性と追従性が向上する。低速走行時には、ダイナミックステアリングは非常にダイレクトに作動する。エンドストップからエンドストップまで、わずか2回転である。パワーステアリングのブーストも高く、駐車や操縦を容易にする。カントリーロードに出ると、ステアリングのダイレクト感や電動アシストが徐々に弱まって行き、ステアリングの不安定な動きを滑らかにする。高速道路では、直進トラッキングを可能にするために、間接的なギア比と低パワーアシストが使用される。
directional stability(方向安定性)
方向安定性とは、ステアリングを大幅に修正することなく直進する車両の能力のこと。方向安定性は、ステアリングメカニズムだけでなく、シャシー、タイヤ、空気力学、風の状態にも依存する。
O
oversteering(オーバーステア)
オーバーステアとは、車がスイベル(旋回・回転)またはスイング(揺れ)る傾向があり、リアがカーブの外縁に向かうこと。速度超過と突然の負荷・操作の変更、またその組み合わせによって引き起こされる。そのような状況下では、後輪に発生する可能性のある横力は安全な走行(レーンの維持)が出来る範囲を越えており、スリップが発生する。
オーバーステアは、制御されたカウンターステアと減速によって補正できる。エレクトロニックスタビリゼーションコントロールシステム(ESC)がオーバーステアを抑制する。カーブの外側で前輪を減速させ、車輪のトルクを減らして、車両を希望のコースに戻してくれる。
P
progressive steering(プログレッシブステアリング)
電気機械式プログレッシブステアリングは、動的性能と快適性を向上させる。特別に連動したステアリングラックが、ステアリング角度に応じてギア比を変化させる。ステアリングの切れ角が大きくなるに従って、ステアリングはよりダイレクトになる。市街地走行時には、これによりステアリングの労力が軽減され、急なカーブでの車の俊敏性が向上する。またプログレッシブステアリングは、パワーステアリングのブーストを走行速度に合わせて調整する。低速ではこれが増加して操縦性が向上する。
power steering(パワーステアリング)
ドライバーの筋力だけで作動させるのが完全機械式ステアリングだ。これとは対照的にパワーステアリングは、電気機械、電気油圧、または純粋な油圧アシストの提供を受け、停車中、駐車中、あるいは低速での運転中のステアリングを大幅に容易にする。これはステアリングシステム進化において、最も重要なステップの一つである。パワーステアリングがなければ、今日一般的にみられるようなフロントアクスル負荷の大きな、そのうえ幅広いタイヤを備えた自動車は、特に低速において操縦が困難である。電気機械式パワーステアリングは最先端技術であり、自動運転車のキーテクノロジーでもある。
S
steering return(ステアリングリターン)
ハンドルが自動的にミドルポジションに戻ると、方向安定性とともに快適性が向上し、そのうえ走行中の安心感も増す。最小のステアリング角度でもバランスを取ることができるセンターの感度が、最高の精度を保証している。
steering column(ステアリングコラム)
ステアリングコラムは、ステアリングシステムの中心的なコンポーネントである。ステアリングホイールとステアリングギア間との、機械的接続を形成している。ステアリングコラムはステアリングホイールの回転運動をステアリングギアに伝え、ステアリングギアは対応する方向にタイロッドを押す。同様に、ステアリングギアから発生するトルクはステアリングコラムを介してステアリングホイールに伝達される。ステアリングコラムは高さ調節が可能であり、これにより多様な体格のドライバーが最適なドライビングポジションを見つけることができる。
steering moment(ステアリングモーメント)
ステアリングモーメントはハンドモーメントとも呼ばれる、ドライバーが加えるステアリングフォースのこと。ステアリングフィールに影響を与える最も重要な変数の一つである。
steer-by-wire(ステアバイワイヤ)
従来のステアリングシステムでは、ステアリングホイールとステアリングギアが機械的に接続されている。ステアバイワイヤはそれとは異なり、デジタルステアリングテクノロジーがフロントアクスルとリアアクスルを転舵するプロセスを受け持つ。ステアバイワイヤシステムを搭載した車両には、もはやステアリングシャフトは存在しない。その代わりに、すべてのステアリングコマンドは、ステアリング動作をホイールに伝達するモーター上のコントロールユニットを介して、電気的に送信される。
T
threshold range(閾値範囲)
ドリフト、様々な路面での非常ブレーキ、スラローム走行、あるいは高速における極端な急カーブなど、閾値範囲は走行物理学の端に存在している。
U
understeering(アンダーステア)
アンダーステアとは、カーブ走行中に前輪がグリップを失い、車体がフロントアクスルを越えてカーブの外側に移動しようとすると発生する現象のこと。縦方向および横方向の力が大きくなりすぎると、車両が道路から外れてしまう危険がある。電子安定化制御システム(ESC)はアンダーステアを抑制する。カーブの内側で後輪を減速させ、エンジン制御によりエンジンの出力を減らして、車を軌道に戻すことができる。
Y
yaw moment(ヨーモーメント)
車両がカーブに進入するとヨーモーメントが発生する。これは垂直軸を中心とした回転の測定値である。速度が速いほど、またはカーブが急であるほど、ヨーモーメントは大きくなる。ヨーモーメントが大き過ぎると、車両が制御不能になり、横滑りする可能性がある。この動きそのものは「ヨーイング」とも呼ばれる。