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内燃機関超基礎講座 | トヨタ・プリウスとHEV用エンジンの20年【上】


そもそもの出発点は「燃費を2倍にする」ことだった。内燃機関と電気モーター/発電機の組み合わせは、その目的のために生まれた。正式な開発スタートは1995年2月であり、すでに20年以上前である。世の中がハイブリッド・エレクトリック・ビークル=HEVの時代に突入するのは1997年12月の初代プリウス発売からである。とかく「電気」側が注目されるHEVだが、その性能の半分はエンジンが担っているのだ。内燃機関には、まだまだ果たさねばならない役目がある。


TEXT&PHOTO:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)


*本記事は2016年11月に執筆したものです

エンジンは捨てない。燃費を2倍にする。いまはまだ電動だけには頼れない──このコンセプトをもとにトヨタは、1995年2月にハイブリッドシステム先行開発チームを立ち上げた。そして80種類ほどのシステム候補のなかから最終的に選んだ方式が、量産開始から間もなく20年になるTHS=トヨタ・ハイブリッド・システムだった。エンジンを発電機作動と駆動に用いモーターで発電/駆動を行なうシリーズパラレルと呼ばれる方式である。当時、HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル=トヨタ社内ではHVの呼称を用いるが、本稿ではHEVと表記する)についてはシリーズかパラレルかの議論があったが、THSの登場はここに終止符を打つ。それくらいのインパクトがTHSにはあった。




初代プリウスの発売は1997年12月。当時のガソリンエンジンは、可変バルブタイミング機構やEGRが入り始めたころであり、直噴といえばリーンバーン(希薄燃焼)だけだった。現在のようなストイキ(理論空燃比)燃焼のガソリン直噴エンジンを過給するという方式は、その7年後でなければ姿形が見えないという時期だった。車両総重量1.5トンの乗用車は、日本の10・15モード法でせいぜい14km/ℓあたりの燃費性能だった。プリウスはその約3年前の時点で28km/ℓを目標にしていた。




筆者は初代プリウスを97年12月から約1年間、当時編集長を務めていた媒体でまざまなテストにかけた。開発を担当した技術者諸氏に面会し、北海道から沖縄までの温度差を体験させ、東海大学など学術研究機関に持ち込み、十数名のドライバーで24時間連続運転もやってみた。そして、2代目以降もTHSの進展があるごとに取材を行ない、ここ2年ほどはトヨタのエンジン開発現場をかなり隅々まで取材している。こうした97年から19年間の取材と私自身のHEV体験で得た知見をもとに、間もなく満20歳を迎えるTHSをエンジン側から見た内燃機関進化論として記しておきたい。

どのようなHEVにするか。世の中に発表されていたもの、トヨタ自身が考えていたものをすべて検証することからTHSの開発は始まった。この作業にはほぼ1年が費やされたが、少人数のチームで膨大なバリエーションの検証を行なえた理由は、当時出現したばかりのシミュレーションソフトにある。これを駆使し、ときには手計算も行ない、比較的短時間で最終候補に4つのシステムまで絞り込まれた。




この4システムについては、試作も含めたさらに詳細な検討が行なわれた。その結果、遊星歯車(プラネタリーギヤ)列を使ってエンジン動力を車輪側と発電機側に配分しながら変速機能も受け持たせる案が最後に残った。




エンジンには通常のガソリンエンジンが選ばれた。当時トヨタはD-4という直噴リーンバーンを持っていた。これを使う手もあったのではないかと思ったが、内燃機関が苦手とする低負荷側は使わず、そこを電動モーターで補うという発想だから、低負荷でのポンプ損失低減が主眼のD-4は、排ガス性能との両立も考慮するとHEVには不向きと判断した。




THSのシステム検討が行なわれている段階でトヨタは、D-4エンジンとモーターを組み合わせたHEVを東京モーターショーに参考出品している。当時私は、トヨタの技術者氏に「これが市販されるわけではありません。現在検討中の案のひとつです」と伺った。それはウソではなかったのだ。




D-4に頼らず、できるだけエンジン側で燃費を稼ぎたい。そこで採用されたのはアトキンソンサイクルだった。少量の燃料を燃焼させ、そこで得られる圧力を最大限に活かす「高膨張比サイクル」である。ミラーサイクルとはほぼ同義語であり、圧縮行程は短く、膨張行程は長くという見かけ上のシリンダー容積縮小術である。いまでこそ多くのエンジンに採用されているが、市販量産エンジンへの採用はマツダに続いて2番目だった。




マツダは出力低下(排気量不足)を補うためミラーサイクルにスーパーチャージャーを組み合わせた。トヨタは無過給アトキンソンサイクルに電動モーターを組み合わせた。その意味では、THSでのMG1(エンジンのクランク軸に直結しているモーター兼発電機)は電動過給機的な意味を持つ。




同時に、圧縮行程より膨張行程を大きく取るという仕事を圧縮行程=膨張行程であるオットーサイクル・エンジンで実現するための装置が油圧式VVT(可変バルブタイミング)機構である。そして、このVVTによるバルブ開閉時期調節のおかげで「必要のないときは積極的にエンジンを止める」ことが可能になった。燃費2倍という目標に対し、この「エンジン止め」の制御は相当な貢献をしている。




いまでこそ停車時のアイドリングストップは当たり前だが、当時は内燃機関設計者にとって「エンジンを止めること」は勇気の要ることだった。理由は始動時の振動と排ガスである。ドイツでは、「エンジン止めよ」という表示のある交差点が90年代半ば以降、どんどん減っていった。エンジン再始動時にいくぶん濃いめに噴かれる燃料の分が排ガス性能を悪化させていたためだ。しかし、同じ時期にトヨタは、走行中でも積極的にエンジンを止めるための制御の開発を行なっていた。




ここでVVTが役に立った。エンジン始動時は吸気バルブを上死点後30度で開き、下死点後120度まで引っ張って閉じる。排気バルブは一定タイミングだが、吸気側はカム位相差40度の可変である。通常運転でも高速域での吸気バルブ閉じは下死点後80度であり、これも相当な遅閉じだが、つねに空燃比ストイキのまま実圧縮比10付近で運転するにはこの程度の遅閉じが最適だというデータが得られた。




また、始動時には下死点後120度で吸気バルブを閉じるため、燃焼に使う新気は1.5ℓのエンジンで400cc強の計算になり、1.5ℓエンジンの始動時に発生するトルクの波打ちが3分の1以下になる。したがって始動時の振動を大幅に緩和できる。当時の開発陣は「VVTがなかったらTHSは目標の性能を得られなかっただろう」と、2016年に証言してくれた。




というのも、初代プリウスの開発が進む段階で試作システムでの検証を行なったところ、燃費が2倍にはならないことが判明したのだ。シミュレーションではきっちり2倍だった。しかし実機を運転してみると2倍に届かない。シミュレーションと実機の最大の誤差は、エンジンをモータリング(点火せずに空回りさせること)させている間の機械損失だった。




もちろん、当初から「キー始動直後にはエンジンは回さない」「極低速でも止めたまま」だったが、定常走行時には止めない方針だった。止めてしまうと再始動時にバッテリーとモーターの両方のパワーを消費し、それ以上に再始動時の振動が嫌われると考えていた。しかし、できるかぎり積極的にエンジンを止めないかぎり目標燃費には届かないことがわかった。つねに空燃比ストイキを守りながら振動問題を解決することができたのはVVTの活躍だった。




【続く】

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