カム山は字のごとく山型の形状をしているのが当然と思われているかもしれない。だが、昨今のカム山はよく見ると途中で凹んでいることが多い。なぜそんな形状になるのだろう。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
レシプロエンジンで高出力を得るために最も重要なことは、空気(混合気)をなるべく多く、素早くシリンダーに押し込むことである。それを司るのがバルブの開閉量とタイミングを決めるカムシャフトのプロファイルだ。ダラダラとバルブを開閉しては性能が出ないから、素早く開けて、素早く閉じることが肝要。そのためには特に開き初めのバルブの正の加速度を大きくとる必要がある。同時に高性能を追求するとバルブのリフト量も大きく採りたい。いわゆる「ハイカム」はこうした要求を満たすために設計されたカムプロファイルのことを指す。
直動式のカム&バルブではカム山の曲面に沿ってカムプロファイルに忠実にバルブが上下するが、ロッカーアーム式では事情が異なる。フォロワーとカム山の当たり面が平面ではないロッカーアーム式では直打式とは加速度変化が異なる。さらにフリクション低減のためにローラーロッカーを使うと、加速度を大きく採れないため、最大リフト量が制限され、その結果バルブの開口時間面積が小さくなってしまう。
だから、現在のローラーロッカー用カムは、カム山の曲面の途中を凹ませた「凹カム」を使うことが必須となっている。凹カムの(カム)プロファイルを使うことで開弁初期の加速度を上げられるのでリフト量が増大し、閉じる間際の減速加速度も上げることができる。
ところがこの凹カム、一般的なカムの工作機械が使えない。カム山は熱処理によって硬化した母材を砥石で研磨して作るのだが、途中に凹面があると凹面のRに沿うような小径の砥石を使う必要がある。小径砥石が使える特別な研削機械を用いなければならず、砥石が小径の分高速回転させても研削時間がかかるので、生産性とコストの両面で障壁があるのだ。
現在ではローラーロッカーアームは主流になりつつあるから、メーカー&サプライヤーも市販車用の凹カムに対応した生産技術を導入している。しかし、チューニング用カムこそハイリフト、大開口時間面積が必要であり、最新のエンジンに対応するカムを作るにはその障壁を乗り越えなければならない。
高性能アフターパーツメーカーの雄であるHKSは、アフターマーケットの高リフトカムに対するニーズに応えるために自動車メーカーに先駆けて三菱4G63用を始めとした、ローラーロッカー式対応の凹カムを製品化してきた。カムシャフトの製作には設計と生産に多くのノウハウが必要となるが、コストや量産性より性能が第一義となるチューニングパーツは、ある意味でメーカーより高い技術レベルを要求されるのだ。これまた、日本の自動車技術のひとつの高みである。