いすゞ、スバルと続けて紹介した「静岡・三保レトロカーフェスティバル2021&いすゞ+スバルミーティング」。今回からはテーマメーカー以外のモデルたちを紹介していこう。まずトップバッターはテーマメーカーを別にして最多台数が参加したと思われる日産車たちだ。
REPORT&PHOTO●増田満(MASUDA Mitsuru)
いすゞ&スバルが主役のミーティングでも日産車の存在感は大!
フェアレディといったスポーツカーだけでなく、ダットサンは1980年代まで日産のブランド名として世界中に知られていた。そのダットサンから生まれたのがブルーバード。日産の中堅セダンとしてトヨタのコロナと販売合戦を繰り広げたモデルだ。
ブルーバードの歴史のなかで大きな成功を収めたのが1967年に発売された3代目の510型。スーパーソニックラインと呼ばれるシャープなスタイリングと、サファリラリーでの活躍が示す優れた走行性能により大人気になった。写真は1968年に追加された2ドアのクーペだ。
ダットサンとは別に日産はイギリス・オースチンのノックダウン生産も行っていた。順次部品を国産化した技術により開発した高級車が1960年に発売されたセドリック。2000年代初頭まで続いた日産の高級車ブランドらしく、この日は3代目や6代目、7代目が参加していた。
上写真は1971年発売の3代目230系で、セダンやハードトップではなく5ドアのバン。乗用車のワゴンも存在した。230系からはプリンス自動車を吸収したことで、同社の高級車だったグロリアが兄弟車に組み入れられた。
続いては1983年発売の6代目Y30系で、当時人気を誇った4ドアセダンのほかに、5ドアのワゴンが見られた。
今や国産旧車を代表する存在といえるのが3代目スカイライン、通称「ハコスカ」だろう。プリンス自動車を合併した日産ブランドのモデルとして初めてモデルチェンジしたのが3代目で、1968年に発売されている。この世代が大人気になったのは、1969年に追加されたGT-Rの存在が大きい。プリンスR380を同じ構成の直列6気筒DOHCエンジンを搭載して、ツーリングカーレースで50勝以上を記録した。現在では2リッター6気筒SOHCのL型エンジンを搭載するGT系をカスタムするのが主流。この日も多くのハコスカが集まった。
日産車の最後はミーティング会場から外れた位置に止まっていた2代目マーチ。なんと福島ナンバーだったので、遠路駆けつけたのだろう。2代目マーチは1992年に発売され、10年後の2002年に3代目へモデルチェンジした息の長いモデル。当時はそれこそ街のいたるところで見られたものだが、今やすっかり見かけることもなくなった。運転席だけ変更していたが抜群の程度だったので、末長く大事に乗って欲しい。
台数の多かった日産車に続いて、次回はその他の国産車たちを紹介する予定だ。