いすゞ車たちを順次紹介してきた「静岡・三保レトロカーフェスティバル2021&いすゞ+スバルミーティング」の模様。今回はいすゞと同時にテーマメーカーになったスバルにスポットを当ててみよう。いすゞ車ほど台数は集まらなかったが、粒揃いのクルマが会場に華を添えたぞ。
REPORT&PHOTO●増田満(MASUDA Mitsuru)
スバル360、スバル1000、トミーカイラM20bなど希少車が間近に!
現在はメーカー名になったスバル(SUBARU)だが、従来は富士重工業が作ったクルマのモデル名。初の4輪自動車となったスバル360から始まった名前だった。1958年に増加試作型として台数限定で発売されると、年々改良と価格引き下げが行われ、庶民のクルマとしての地位を確固たるものとしていく。「デメキン」と呼ばれる初期のスタイルから、今回会場で見られたヘッドライトのデザインへ変更された。こちらのスタイルがスバル360と聞いて思い浮かべる人が多いはず。写真のモデルはフロントフードのスリットが11本になった最終型に近いモデル。
スバル360の成功により4輪メーカーとしての地固めが整った富士重工業は、1966年に初の小型乗用車となるスバル1000を新発売する。2サイクル2気筒エンジンをリヤに積むRR方式のスバル360と異なり、スバル1000ではその後のスバル車に受け継がれることとなる水平対向4気筒エンジンを新開発、フロントに搭載するFFレイアウトを採用していた。
スバル1000は1969年のマイナーチェンジで排気量を1.1リッターへ拡大して車名をff-1へ、1970年には1.3リッターへさらに拡大したff-1 1300Gへ発展している。
スバル1000からff-1 1300Gへ発展した小型車の歴史は1971年に新型車レオーネへと引き継がれる。水平対向エンジンによるFF車という構成は変わらず、1980年代を通してスバルの小型セダンとして作り続けられた。このレオーネをベースに開発されたスポーツクーペがアルシオーネで、富士重工業として初めて日本より先にアメリカで発売されたモデルだ。
日本でも海外同様1985年中に発売され、当初のセールスキャッチは「4WDアバンギャルド」。4WDだけでなくFFも用意された駆動方式で、1.8リッターターボエンジンが組み合わされた。1987年のマイナーチェンジでは2.7リッター自然吸気の水平対向6気筒エンジンが追加され、ACT-4と呼ばれる電子制御アクティブトルクスプリット4WDシステムも採用された。
アルシオーネを生み出したレオーネは1989年に新型車レガシィへと生まれ変わる。発売前にアメリカ・フェニックスで10万キロ走行平均速度223.54km/hという国際記録を打ち立て、鳴り物入りのデビューだった。ボディは4ドアセダンと5ドアのツーリングワゴンが用意され、地味な印象だったレオーネから一躍ヒット作となる。
この初代レガシィは、中堅セダンであるアスカをモデルチェンジさせる体力に乏しかったいすゞへOEM供給され、1990年からいすゞアスカCXとしても発売された。この日はいすゞ+スバルミーティングに相応しく(?)レガシィではなくアスカCXが参加されていた。
レガシィをより小さくして世界ラリー選手権、WRCでの戦闘力を引き上げるために開発されたインプレッサ。初代は1992年に発売され1995年にはマニュファクチャラーズ・ドライバーズ両タイトルに輝いている。その後もWRCでの活躍が続き、レガシィとともにスバルを代表する車種になったものの、この日は初代GC8をトミーカイラがチューニングしたコンプリート車、M20bが1台だけ参加するにとどまった。
次回からはいすゞ+スバル以外の参加車たちを見ていこう。