自動車業界は今、100年に一度の大変革時代を迎えていると言われているが、クルマを所有しメンテナンスする私たちユーザーが直に接するアフターマーケットも決して例外ではない。当企画では、そうしたアフターマーケットの現状を、近年生まれた新しいキーワードを切り口として解説する。
今回は、レベル3自動運転システム搭載車が年内にも市販化されると言われるなか、2019年4月に東京・池袋で発生した交通事故の初公判でも注目を集め始めている、「EDR」と「CDR」について紹介したい。
TEXT&PHOTO●遠藤正賢(ENDO Masakatsu)
FIGURE●BOSCH、あいおいニッセイ同和損害調査、国土交通省
まず「EDR」とは「Event Data Recorder」の略で、エアバッグ制御用コンピューターに内蔵されており、一定以上の衝撃が加わるとその前後の速度、ブレーキ操作、ステアリング操舵角、衝突の大きさ、シートベルトの装着状況、エンジン回転数、アクセル開度、シフトポジションなど、車両の挙動に関する詳細な情報を記録する、というもの。
2000年頃より搭載車が市販されているが、2007年以降に発生したトヨタ車の「意図しない急加速問題」に関しアメリカ政府が開いた公聴会において、自動車メーカー自ら解析したEDRのデータは信頼性に欠けると指摘を受けたことから、アメリカでは市場で入手できるツールでEDR読み出しを可能とすることを2012年に義務化。韓国では2015年にアメリカに準じた形で法制化され、ヨーロッパでも2022年にEDR搭載が義務化される予定となっている。
2019年6月には国際連合のWP29(自動車基準調和世界フォーラム)でも、自動運転車および従来車の具体的な検討項目として、EDR搭載義務化が新たな世界基準の策定項目に加えられた。
日本では、2018年に3月に公表された「自動運転における損害賠償責任に関する研究会報告書」と4月「自動運転に係る制度整備大綱」において、2020年をめどにEDRやドライブレコーダーなどの搭載を義務化するべく検討を進める方針が示され、同年9月に策定された「自動運転車の安全技術ガイドライン」でも「データ記録装置の搭載」を要件に定めている。
これは、今後レベル3以上の自動運転システム搭載車が市販化され、それらが事故を起こした場合はヒューマンエラーなのかシステムの不具合なのか責任の所在を明確化する必要が生じることを見据えてのことだ。
「CDR」は「Crash Data Retrieval」の略で、ボッシュが販売するEDR読み出し・レポート出力ツールの名称。2019年時点で19メーカー54ブランドのEDR読み出しに対応している。
日本ではボッシュの日本法人が2017年3月よりCDRの販売を開始し、大手損害保険会社や警察組織、自動車メーカーなどが順次採用。また同時に、EDRに記録されたデータを解析し、より精度の高い交通事故損害調査を行う「CDRアナリスト」のトレーニング・資格制度を発足させた。2020年8月時点で88人が「CDRアナリスト」の資格を保有し、EDRとCDRレポートを交通事故の損害調査と過失割合の算定、ひいては交通事故裁判における証拠としても活用している。
さて、このEDRとCDRだが、2人が死亡、9人が重軽傷を負い、その後運転免許を返納する高齢者が急増するなど社会的にも大きな影響をもたらした、2019年4月に東京・池袋で発生した交通事故の調査にも使われている可能性が極めて高い。
2020年10月8日に東京地方裁判所で開かれた初公判において、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)で在宅起訴された旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三被告(89)は、罪状認否において「アクセルペダルを踏み続けたことはありません。クルマに何らかの異常が生じ暴走したと思っている」と、過失を全面的に否定した。
それに対し検察は冒頭陳述で、「事故を起こした車両は半年に1回の点検を受けており、事故直前となる2019年3月の点検でも不具合はなく、事故当日もアクセルペダルの異常を示す故障の記録はない。だが事故発生時にアクセルペダルを踏み込んだことを示すデータ、ブレーキペダルを踏んでいないことを示すデータはある」と主張している。
ここでいう「故障の記録」はOBD(On-Board Diagnostics。車載式故障診断装置)が記録したDTC(Diagnostic Trouble Code。故障コード)、「アクセル・ブレーキペダルの操作」はEDRを指すと考えるのが、最も自然だろう。実際にそうであれば、事故調査にあたりスキャンツールを用いた故障診断と、CDRを用いたEDRデータ解析を行い、そのレポートを証拠として提出した、ということになる。
これらは過去の裁判においても客観性が高く証拠能力も高いデータとして扱われることが多く、だからこそ警察や検察、損保が近年積極的に活用していると思われる。だが、今回の裁判で被告の主張が全面的に認められるような事態になれば、EDRとCDRの有用性が大きく揺らぐことになるだろう。
そればかりか、レベル3以上の自動運転車が事故を起こしても、責任の所在を立証するのが極めて困難になり、ユーザーと自動車メーカー、整備・修理を担うサービス工場のいずれにとっても、交通事故による不幸を長引かせ拡大させる災いの種となる。さらには、今後の3自動運転車の市販化と普及、技術の進化を大幅に遅らせる要因にもなりかねないのだ。今後の推移を注意深く見守っていきたい。