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タカタ「エアバッグ問題」とはなんだったのか?「もう過ぎたこと、ではない。せめてほかの日本企業は、これを他山の石とすべきである」


本田技研工業(ホンダ)は10月3日、アメリカ西部のアリゾナ州で今年8月に発生した車両運転中の運転者死亡事故について、タカタ製エアバッグの異常破裂が原因だったと発表した。タカタ製エアバッグが原因のアメリカでの死亡者はこれで17人となる。いまも尾を引くタカタ製エアバッグの問題を整理する。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

そもそもリコール制度とはなにか?

今回事故を起こした2002年モデル「シビック」はすでにリコールが届けられていたが、事故車はリコール未対策だったという。本田技研工業(以下:ホンダ)は「車両登録された所有者への通知などを繰り返し行なったが、所定の回収は行なわれていなかった」と説明する。




このリコールという制度は性善説に基づくものだ。「予測できない、または意図しない(悪意のない)設計・製造上の理由」でクルマが不具合を起こすことが確認された場合、その対象車両の名称と製造期間、および不具合への対策方法をすみやかに当局へ届け出る。正直に届け出を行なえば行政的にも社会的にも責任は問われない。「人間が作るものは万全ではない」「悪意があってそのように作ったのではない」という性善説がリコール制度のベースにある。

クルマのリコールは、日本語では「無償回収」と訳される。製造事業者あるいは輸入事業者が、不具合のあった車両を無償で回収し、所定の改修を行ない、所有者に返す。この作業の終了をもってリコールの責任は果たされる。




8月にアメリカで起きたシビックでの事故により運転者は死亡した。同乗者のいない事故なので、現地での報道内容を見るかぎり運転席のエアバッグが正常に作動したのかどうかは定かでないが、車両火災も発生したという。ホンダは車両の所有者にリコールを知らせていたが、改修は行なわれていなかった。リコールの通知を受けたらすみやかに所定の改修を受けることもユーザーの義務であり、リコール通知を知りながら放置した結果の事故ではユーザーの過失も問われる。




また、この事故では車両火災に至っているが、タカタ製エアバッグについてはエアバッグの異常が原因での火災例が過去にも数件報告されている。エアバッグに内蔵されていた「ガス発生剤」である火薬が、ある大きさのまま燃焼しながら飛び出し、シート生地に付着して引火した例もあった。このような事故は本来、設計段階で危険性が検証されるべきなのだが、タカタ製エアバッグは問題を抱えたまま製品化されてしまった。

まずエアバッグの作動原理を説明しよう

タカタ製エアバッグの問題に入る前に、エアバッグについて簡単に説明しておく。




エアバッグにはSRS(サプリメンタル・レストレイント・システム=補助拘束装置)という枕詞が付く。正しくはSRSエアバッグである。これは衝突事故時にシートベルトによる乗員拘束効果(乗員がシートから飛び出さないように拘束すること)を補助する道具であるという意味だ。主役はあくまでシートベルトであり、その補助をするのがエアバッグである。




運転席/助手席エアバッグは、前方衝突で作動する。正確に作動する範囲は車両中心線から左右45度ずつ(合計90度)の衝突範囲だと言われる。これが60度(合計120度)になると、場合によっては正確なタイミングでの作動にならないこともあるといわれる。




そのタイミングとは、衝突の衝撃で乗員が「前のめり」にシートから飛び出しそうになるのを「なるべく柔らかく」受け止められるタイミングだ。




クルマが壁に正面衝突するときは、一定のスピードで走行していたクルマの行き場が失われる。まずフロントバンパーがいきなり「車速ゼロ」になる。しかし、クルマはまだ前に進もうとしているから、フロントバンパーを前輪とエンジンが後ろから押してくる。このエネルギーでクルマのフロント部分はさらに潰れる。




乗員が乗っている車室部分にもまだ、前に進もうとするエネルギーが残っている。潰れ始めたフロント部分に向かってダッシュボードもシートも突進する。このエネルギーが車室(キャビン)を潰し始める。同時に、シートに座った乗員も前方に突進する。




この、乗員の突進エネルギーを受け止めるのがシートベルトだ。現在の3点式シートベルトにはELR(エマージェンシー・ロッキング・リトラクター=緊急時繰り出し防止装置)という機構が内蔵されていて、一定以上の加速度で乗員が前のめりになるのを検知し、シートベルトをロックすると同時に、腹部にダメージを与えないよう最小限の「繰り出し」を行なって乗員の前のめり姿勢をコントロールしてくれる。また、プリテンショナーという装置は衝突検知と同時にシートベルトの「緩み」を取り除いて乗員の身体にベルトを密着させる。




それでも乗員の前のめり量が「大きい」と判断すると、SRSエアバッグに作動命令が飛ぶ。運転席の場合、乗員の頭部と顔面がステアリングホイールに向かって突進するから、これを受け止めるため瞬時に大容量の化学繊維製風船が開く。そして突進してくる乗員の頭部を受け止め、頭部の加速度を和らげたらすぐに風船はしぼむ。エアバッグの作動はほんの一瞬で終わる。




よく、映画ではエアバッグが開いたまま乗員が座席に閉じ込められるシーンを見かけるが、あれは完全なウソだ。エアバッグは瞬時に開いて瞬時にしぼむ。しぼめば運転者の視界が確保され、エアバッグが展開してからもステアリングを操作して最後の危険回避動作を続ける運転者を邪魔しない。

エアバッグ展開: 衝突はセンサーが検知し、エアバッグ作動はコンピューターが判定を行なう。作動指示が出たら、すべての動作は30/1000秒で終わる。すぐに開き、乗員の頭部を受け止めたらすぐにしぼむ。シートベルトとエアバッグの併用により、前方衝突時に乗員の脳が受けるダメージは飛躍的に小さくなった。

では、エアバッグはどうやって膨らむのか。それはガス発生剤(インフレーター)の仕事だ。普段は金属製またはプラスチック製の平べったい容器に閉じ込められているペレット状(サプリメントのような錠剤)のガス発生剤が、エアバッグ作動の電気信号を受けると周囲の酸素と即座に反応し、急激に膨張する。この膨張が、折りたたんだ化学繊維製の容量45〜60リットルという大きなバッグ(袋)の中で行なわれる。だから急激にエアバッグは膨張する。そして、一定のところまで膨張したら、内部のガスが即座に抜けるようになっている。膨張開始から展開、そしてガス抜き完了まで約30/1000秒だ。




人間の成人の頭部は、体重の8〜10%と言われる。体重65kgの人なら5.2〜6.5kgである。時速50km/h程度での前面衝突では乗員に50Gくらいの重力加速度が加わる。65kgの体重×50で瞬間的に体重は3350kgになる。そのなかで頭部重量が6.0kgだとしても×50なら300kgだ。300kgもの重量を瞬時に支え、その加速度を減衰させるとなると、エアバッグは「柔らかい風船」では役に立たない発生したガスの高い圧力を利用してバッグをパンパンに目一杯展開し、しかもバッグが膨らむ形状はバッグ中に仕込まれたナイロンの丈夫な糸でコントロールされる。そうやって乗員の頭部を受け止めるのだ。

このガス発生剤は、日本では1999年までアジ化ナトリウムが主成分だった。これは火薬の一種であり、もとをたどれば固体ロケットの点火剤である。1970年代後半にガス圧展開式エアバッグの研究が始まったとき、いちばん手頃なガス発生剤はアジ化ナトリウムだった。圧縮や衝撃では燃焼せず、電気信号で点火コントロールできることはすでに証明されており、安全性には実績があった。




当時、もっとも実績があり安価だったのはサイオコル・ケミカル・カンパニー(Thiokol Chemical Company)製のアジ化ナトリウムで、これは空対空ミサイル「サイドワインダー」やスペースシャトル用固体燃料ロケットブースターにも使われていた。ダイムラーベンツ(当時)が世界で最初の車載SRSエアバッグを実用化するころ、1982年に同社は自動車部門を持つモートン-ノーリッジ・プロダクツ(Morton-Noridge Products)と合併しモートン-サイオコル(Morton-Thiokol Inc.)となり、エアバッグ向けの製品出荷を本格的に開始した。




ちなみにその後、自動車向けなどの化学部門を旧モートンが主体のモートンASPに売却し、サイオコル自体は現在オービタルATK(Orbital ATK Inc.)という社名になり防衛産業とロケット事業を続けている。




アジ化ナトリウムが禁止になった理由は、人体への毒性だった。一酸化炭素と似ていて血中ヘモグロビンを攻撃し、その結果、心臓や脳への酸素供給が阻害されることがわかった。そこで、代替品として人体への害がない硝酸グアニジンが注目された。これも個体ロケットの点火剤などで古くから実績があり、軍事産業では扱い慣れた火薬だったため、世界のエアバッグメーカーは硝酸グアニジンをベースとしたガス発生剤への切り替えを行なった。

1997年、スウェーデンのエアバッグメーカーであるオートリブ(Autoliv)と前述のモートンASPが合併し、エアバッグでのシェアが世界一となる現在のオートリブが誕生した。このとき同社は、アジ化ナトリウムの代替としてすでに硝酸グアニジンを採用していた。99年に日本でアジ化ナトリウムが禁止になるまでに、エアバッグで世界第3位のシェアだった豊田合成やダイセル、TRW(現在は独・ZFが買収)などもすべて硝酸グアジニンに切り替えた。




ところがエアバッグで世界第2位のシェアだったタカタは硝酸アンモニウムがベースのガス発生剤を採用した。なぜ、硝酸グアジニンではなく硝酸アンモニウムだったのか。過去に筆者は、タカタの開発スタッフに尋ねたことがあったが明確な回答は得ていない。筆者自身の印象では「コストが安い」からだったように思う。




硝酸アンモニウムは肥料にも入っている。圧縮や衝撃では燃焼しない。しかもガス発生剤として使う場合は単位重量で見たときのガス発生量が多い。取り扱いが安全で安価で、ガス発生量が多い。アジ化ナトリウムよりも少量でガス発生剤を作ることができる。となれば、エアバッグには最適なのでは?

火薬を扱うある軍需産業企業に尋ねてみた。答えはこうだった。

以前、筆者は火薬を扱うある欧州企業(軍需産業)に尋ねてみた。答えはこうだった。




「硝酸アンモニウムには転移という厄介な問題がある。転移によって膨張するから、それを防ぐ添加物が要る。さまざまな添加物と混ぜたうえでペレット状に固形化する技術も要る。転移は温度変化によって結晶の形が変わる現象で、硝酸アンモニウムの場合は転移点が摂氏氷点下から100℃以上にまで広く分布している。クルマの室内温度は、つねに硝酸アンモニウムの転移が起きても不思議ではない温度だから、添加物で転移を防止し相安定化硝酸アンモニウムにしなければ使えない。それと、硝酸アンモニウムは吸湿性が強い。湿気を取り込むとペレットが割れたりする危険性が高くなる。安くて取り扱いが楽で、本当に安全が担保されているのであれば、我われ軍需産業も喜んで使う。しかし使っていない。ミサイルやロケットには使えない。過去の実績から言って硝酸グアニジンのほうがはるかに安全で信頼性が高い」




彼はこうも言った。




「日本の普通の民間企業が火薬に手を出してはいけない。我われの開発は、あらゆる自然環境下の前線基地で少々ラフに扱っても絶対に暴発しないことと、発射スイッチを押したら99.9999%(シックスナイン)以上の確率で確実に点火してミサイルが飛んでいくことに重点を置いている。たかだかエアバッグだけを作っている企業が手を出せる世界じゃない」

結果、タカタのエアバッグは異常燃焼を起こした。米国運輸省が指摘しているのは「ガス発生剤のペレットにヒビが入ったり粉状に崩れたりしたために酸素と接する表面積が増え、設計値をはるかに超えたガス圧を発生した」点だ。火薬の燃焼威力は、できるだけ多くの酸素を瞬時に取り込んで連続反応を引き起こせば高くなる。設計・製造段階ではペレットの表面積は厳密に管理されているが、使用過程でヒビが入ったり変形したりすると表面積が増えてしまう。どれくらい増えるのかは予想できない。




ガス発生剤が異常燃焼を起こせば、エアバッグとガス発生剤を封入している容器が破損し、それがエアバッグを突き破って飛散する可能性がある。実際、アメリカでは金属容器の破片が首に刺さった事故例もあった。いっぽうでタカタは、自社開発したガス発生剤の危険性を認知しながらも隠蔽したとして告発された。最終的には全世界で5000万台ともいわれるリコールを背負い、2017年6月に東京地裁に民事再生法の適用を申請し経営破綻した。




タカタが東京地裁に提出した確定債権の総額は1兆823億8427万6418円だった。これは戦後最大の経営破綻であり、現在は中国系の米自動車部品メーカーに事業譲渡しジョイソン・セイフティ・システムズに社名を変更して事業を継続している。しかし、現在でも硝酸アンモニウムを使ったガス発生剤を内蔵した過去のエアバッグが原因のリコールが続いている。

2010年6月にホンダ車と日産車の助手席エアバッグが日本でリコールされたのが、タカタ製エアバックがらみの国内最初のリコールだった。今年1月30日、三菱自動車、マツダ、スズキ、三菱ふそうトラック・バスの4社が合計21車種、約7万台のリコールを国土交通省に届け出たが、そのなかでもっとも古い製造年の対象車は1995年1月6日である。すでに25年も前の製造だ。




また、このリコール届け出の2日前、国土交通省は「タカタ製エアバッグのリコール改修を促進するため、未改修車を車検で通さない措置の対象を2020年5月1日から順次拡大する」と発表している。その対象は「国内で異常破裂したエアバッグと同じタイプを搭載し、生産から9年以上経過したものを搭載した車両」である。2013年4月1日より前に製造されたリコール対象車の未改修車を対象範囲とし、5月1日から全国で車検を通さないという措置だ。




なぜ、製造から時間が経過した古いクルマが問題なのかといえば、火薬類の正味期限という別の問題があるためだ。固体燃料を使ったミサイルは製造からほぼ5年で廃棄される。点火剤が劣化して、いざというときに役に立たないのでは意味がないからだ。高価な弾道弾迎撃用のペイトリオット・ミサイルも5年で廃棄だから、賞味期限が来る前に日本の自衛隊はアメリカの試射場へ出かけて発射実験を行なっている。




ちなみに、薬の消費期限はほぼ5年だ。これは「賞味期限」ではなく「消費期限」であり、5年が経過した時点で「飲んでも毒にも薬にもならない」ものに劣化するよう設計されているためだ。




じつは、ダイムラーベンツが世界初のガス圧展開式エアバッグを開発したときは「10年くらいで交換すべきだ」と開発エンジニアが言っていた。筆者が取材したときも「もし10年以上乗り続けるなら、途中でエアバッグを交換したほうがいい。エアバッグは消耗品だ」と聴いた。しかし、この問題はその後、完全に放置されたままだ。




タカタ製エアバッグの一件を整理するなら、タカタが硝酸グアジニンではなく硝酸アンモニウムを使ってみようと研究を始めたことは、けして間違ってはいないと思う。筆者が取材したかぎりでは、開発には9年もかかっている。「クルマに積む火薬はできるだけ少ないほうがいい」と考えるのは、日本では正義である。




しかし、一般人でさえもつねに銃という武器と暮らしているアメリカには、だれもが「安全に(これも矛盾ではあるが)」火薬を使えるようにという目的と需要がある。日本は豊臣秀吉の刀狩り以降、一般庶民は武器を所持できない国になり、銃や実弾に触ったことのない国民が圧倒的に多い。「火薬になど近寄りたくない」と思うのが当たり前の国だ。

果たして、タカタに「何年かかってでも硝酸アンモニウムをモノにする覚悟」と、万一の場合の対策という安全弁の両方があっただろうか。「安上がりだから」でガス発生剤が成り立たないことは百も承知だったはずだ。それと、アメリカで指摘されたように「欠陥を知りながら隠蔽してしまった」という事実。生命の安全と機会均等では絶対に譲らないアメリカで、ひとたび当局と世論を敵に回したらどうなるか。




もう過ぎたこと、ではない。現在でも新たなリコールが届けられ、事故も起きている。せめてほかの日本企業は、これを他山の石とすべきである。

スウエーデン空軍の主力機。ひとつの機種で複数の役割をこなすマルチロールファイターの始祖であり、単座の制空型と複座の偵察・攻撃型がある。写真はサーブ提供。

最後に余談。




スウェーデンは美しい観光地であると同時に武装永世中立国家である。いざとなれば国民皆兵の国であり、筆者は自治会の武器庫に案内されたこともある。そもそもはアルフレド・バーンハド・ノベル、あのノーベル賞という平和的な賞のために遺産を投じた「ダイナマイト王」の国である。




「岩盤の硬いスウェーデンでは、ダイナマイトがなければ資源の採掘ができなかった」と言われるが、これは半ばきれいごとであり、ノベル家は19世紀前半から機雷や砲弾を製造する会社を経営していた。1894年にはボフォース鉄工所の経営権を握り、この会社を世界的な兵器メーカーへと躍進させた。




ボフォース社のヒット商品である40mm対空機関砲はアメリカ海軍の艦船に多数搭載され、太平洋戦争では多くの日本軍機を撃ち落とした。同時代のアメリカ軍の20mm機関砲は、これも武装永世中立国スイスのエリコン社製である。非武装中立など戯言であることは、この両国を見ればわかる。武器を各国へ大量に供給し、国際的な地位を得ている。




現在のスウェーデンでもボフォース・ブランドは健在だ。ミサイル部門は自動車部門を切り離したサーブが買収しサーブ・ボフォース・ダイナミクスとなり、大砲など重火器部門はBAeシステムズ・ボフォースになった。サーブは戦闘機グリペンなどを自前で設計し製造している。1950年代からスウェーデン空軍機はサーブが機体を作りボルボ・フリグモトル(現ボルボ・エアロ)がジェットエンジンを製造してきた。




こうした背景を理解すれば、スウェーデンに世界シェアトップの自動車エアバッグメーカーがあることは納得がゆく。エアバッグは火薬製品なのである。

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